天国と地獄の長いスプーン

世界の各地に伝わるお話です。

地獄では、亡者たちは片腕を椅子に縛られ、一本の手にスプーンをまきつけられています。必死でスプーンを口に運ぼうとする亡者たち。 

テーブルの上においしそうなスープや食べ物、周りの亡者たちも同じように片手で、必死です。

そのスプーンはとっても長~くて、食べ物を自分の口に運ぼうとしてもうまく届きません。せっかくおいしそうな食べ物があっても、この長いスプーンのおかげで食べる事ができず、人々は痩せこけて飢餓の苦しみを味わっているのです。

一方、天国も状態は同じです。天国の住人も長いスプーンを片手に食事をしているのですが、彼らは満ち足りて、幸せにやっています。

天国と地獄とどこか違うかと言うと、長いスプーンで自分で食べようとするのではないのです。

長いスプーンを使って、他の人の口に食べ物を入れてやっているからなのです。

誰かが、お返しに食べ物を口に入れてくれているのです。

長いスプーンの寓話は、実は世界中に散らばっているそうです。イスラム教でもユダヤ教でもヒンズー教でも語られている話。東洋だと中国故事だったり、仏教説話だったり。出典がはっきり分からない所がまた面白いと思います。

場所が日本だと、長いスプーンが長いお箸になっていたり、食べものがスープじゃなくて、茶碗に入っているご飯だったり。

アメリカだと、アメリカ独立の立役者、ベンフランクリンが言った話と信じている人もいるそうです。

 

この話は、自分の事だけじゃなくて、他人のことも考える、そうしたら、自分だって幸せになるよという教えですね。

コーチングでもよくお聞きするのは、これこれこういう難しい状況がある、だから、自分がしたいこれができない、という状況です。

つまり、スプーンが長い、口に食べ物が入ってこない、これです。

そういう時は苦しいから、必死です。ある意味食べ物が口に入らない「飢餓感」に近いものを感じます。

 

コーチングでは、スプーンが長い、じゃあどうしようと発想の転換をしてみます。

あ、あそこにひもじそうな人がいる、さあ、お先にどうぞ、という具合に。

相手に、何かをしてあげる、させていただくことで、

ひいては自分の所にも届く、いただくことができるんですね。

 

私はライフーチで、お坊さんでも神父さんでもないのですが、宗教に関係なく、人間同士ってそんな風にまわっているんじゃないのかしらんと時々思います。

だからこの単純なお話が、世界中に知れ渡っているんでは、なんて思うのです。

長いスプーンが問題と感じたら、その長いスプーンを使って、どうやったら他の人に何かしてあげられるかな、と発想の転換をしてみる。

もし、今日アナタが、何か一つでもきついなあと思う事があったら、

関係ない事でも、誰かのために何かをしてあげる、させていただくことを、試してはいかがでしょう。

相手にスプーンを向けてみたら、自分へのご褒美が思わぬ所からやってくるかも。

 

 

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