ユーマの勇気

ユーマは、18か月前に、恋人を自死で失うという、悲惨な経験をしました。

「経験をしました」と今私は過去形で書きましたが、

彼の「経験」は、今も続いています。

恋人の死の原因は、精神的な事、家族の事から医学的な事まで、私達にはわからない事が、いろいろあったと思います。残された彼にも、家族にも、はっきりした答は永遠にわからないことでしょう。

ユーマは、留学先のハワイで会った、この明るいローカルの娘さんをこよなく愛していました。彼が20年という短い人生で過ごした最高の時だったのです。

二人が一緒だった時間は、あまりにも短かったのですが、

一日一日が、時間の単位まで思い出せるほど、ユーマにとっては、鮮明で、強烈で、夢の中にいるような時間でした。

彼女は、日本が大好き、柔道が強く、

キラキラした笑顔がハワイの太陽のような娘さんでした。

二人は、いつか一緒に日本で暮らす事、もし子供ができたら3人、

子供たちにはハワイの名前を付けようなどと、話していました。

 

彼女がこの世を去る前、最後に会ったのが、ユーマでした。

そして、その最後の別れ方が、喧嘩別れであったことで、

ユーマの苦しみは一層激しいものとなりました。

ユーマは取り返しがつかない出来事があってから、あの痴話喧嘩が、

彼女の心を、深く傷つけ、自死にまで追いやるきっかけに

なったと思ってしまったのでした。

しかし、繰り返しますが、

その本当の理由は、決してわかる事はないでしょう。

 

悲しい事、取り返しがつかない事、苦しみの原因となることは、

私達、皆にある事です。

 

ユーマの場合は、もちろん

事件当初の激しいショック、

あり得ない事が起こってしまった事への深い喪失感、

恋人への執着、大切な人を守れなかったという自己嫌悪、

何度も何度も思い出してしまう最後の別れの場面、

ああすればよかった、こうすればよかったと悪夢のように繰り返される自責の念。

引きこもり。孤立感。いつまでも果てる事のない後悔、

絶望。

 

外部者にはわかりようのない、体験した人にしかわからない、

ローラーコースターのような18か月間でした。

 

泣くことさえできないほどの喪失感の中で、

若いユーマは、たった一人で、一生懸命闘っていました。

彼は一年近く、毎日亡くなった恋人のお墓を訊ね、そこで時間を過ごしていました。

彼はその墓参りを彼女との「デート」と呼んでいましたが、

それが彼の長い長い「悼みの儀式」でした。

 

学生カウンセラーだった私は、彼が時々ふらりと来てくれると、

「よかった。朝、起きれたね。クラスに来ているんだね」と

本当にうれしかったのを覚えています。

 

ユーマの事をお話したいと思ったのは、もちろん彼の苦しみや彼に起こってしまった悲しい出来事について、お話ししたかった事もあります。

しかし、むしろ、

その後の18か月間のユーマの「勇気」について、お話ししたかったからです。

この勇気は、苦しみを乗り越えるレジリエンスと呼べるものだと思います。

一年がたち、恋人の命日が過ぎました。

残されたものにとって、命日や故人の誕生日、最初のデートの日など、記念となる日は、特につらい日です。

彼はそれを想い出の場所を訊ねる事で、そして、彼女の写真や大好きな音楽などで短いビデオクリップを制作し続ける事で、何とか乗り切りました。

日本のご家族、心理カウンセラー、友人達が支えてくれることにも、心を少しずつ開いていった事も、ユーマの心を助けたことと思います。

 

ユーマは、一年が過ぎた後で、私と話し合いをしました。

自分に起こった事を、文章にする事に同意してくれました。

それが、自分への癒し、若くして逝ってしまった恋人への

悼みの作業である事はもちろんですが、

自分が通った道を、もし万が一、誰かがまた通らなくてはいけない時、

自分のした体験が、少しでも、誰かの役に立つのではないかと思ったからでした。

 

私は、その話をしてくれるユーマの大人びた表情を見ました。

そこには、自分の悲しみや苦悩の海でおぼれかけていた一年前のユーマでなく、

一人の成長した大人の顔がありました。

それは、自分以外の人への、深い思いやりを持つことができるようになった

大人の男性の表情でした。

恋人を失った事を受け入れ、

恋人を失った事実と一緒に生きていく、

自分だけで生きているのではない、

自分の悲しみだけが悲しみなのではない。

ユーマの表情は、言葉にはならなくても、そう雄弁に語っているようでした。

 

レジリエンスは、精神的回復力、自発的治癒力などと訳される心理学の言葉です。

災害や事故や犯罪などに遭遇してしまった方がたが、それに耐え、そのストレスを跳ね返し、バランスの取れた平衡状態を取り戻す能力のことに使われています。

そんな心理学の言葉を使わなくても、

ユーマの表情を見れば、私達には誰にでも、生き続ける勇気をもって生まれてきている事が分かります。

苦しみや悲しみは、否定するだけではなく、

ある時はそれらと、肩を並べて生きて行くこともしなくてはいけないと、気が付くのです。

ユーマがそうしたように、それに気が付く事が、本当の勇気なのです。

 

恋人の死の直後、恋人のお父さんが、

ユーマに言ってくれた言葉がありました。

愛娘の亡骸の前で、子供のように大声で、

ボロボロになって泣いていたお父さんでした。

でも、そのお父さんがユーマにこういってくれたそうです。

「彼女の分まで生きてくれ」

 

ユーマの心の記録は、今年の彼女の命日までに電子書籍か、一般書籍化で、出版する方向に持っていけたらいいなと計画しています。

ユーマの作った恋人との想い出のビデオへのリンクも入れて、自分の通った軌跡を正直に忠実に記録して。まだ出版社も決まっていませんが、ユーマの経験がいつかシェアできればいいと思います。

ユーマの事をブログとポッドキャストで話すよと伝えると、勇気ある彼は、

「実名を使ってください」と許可をくれました。

また本も実名で出してみたいと言っています。

その時は、是非、皆さんにも読んでいただき、彼の製作したビデオクリップなども見ていただきたいと思います。

 

 

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