♯51 もう一度言っておきたい言葉
先週ハワイでミサイル脅威の誤報が発せられ、
州全域がパニックに陥った事は
ハワイ以外の州やアメリカのみならず、
日本を含む世界中で報道されました。
土曜日の朝8時過ぎ。
たまたま見ていた日本語放送に
「大陸弾道ミサイルがハワイに接近。
ただちに安全な場所に避難をしてください」
という緊急警報メッセージが
入ってきました。
携帯電話にも
同じメッセージがピーピーと音をたてて入り
「これは訓練ではありません」と、
ダメ押しが書かれていました。
津波、大雨、洪水の警報は
あり得るハワイですが、
弾道ミサイル、つまり核攻撃の警報が
入ってきたことなど
勿論今まで一度もありません。
緊急事態レスポンス専門の友人が
早速、携帯に連絡をくれて
「ドリルではないと言っている。
コンクリで囲まれた
トイレのような狭い場所があれば、
速やかに避難をするように」
と指示をくれました。
週末の朝であったため
まだゆったりと寝ている人も
多かったようです。
サイレンは鳴らず、
テレビと携帯電話だけだったため
気が付かない人もいましたし、
直ぐ「これは誤報だろう」と
思った人もいたようです。
たまたま私は、
なごみフォースターホームで
朝のお手伝いをしている所でした。
と言っても、
ディレクターで看護師さんの佳代子さんが
朝ごはんを作ってくださっているのを
二人の患者さんと一緒に
待っていただけです。
なごみフォースターホームは
佳代子さんのご自宅を開放して作った
日本人中心のホスピスケアの場所です。
ハワイのお宅らしく、
ラナイへのドアは
遠くに見える海に向かって
開きっぱなしです。
住人達のお部屋も
風が窓からスース―と通ります。
緊急事態発生って、本当かな?
サイレンもならないな。
半信半疑とはこの事。
でも、もし万が一、本当だとすると、
北朝鮮から発射されたミサイルは
15分から20分で
ハワイの上空に届いてしまうと
どこかで読んだことがあります。
ちらりと壁にかかった時計に目が行きます。
8時9分。
週末の穏やかな朝が
あと20分で消えてしまう?
楽園のパラダイスがあと少しで
なくなってしまう。
自分達も溶けてしまうかも。
そんなことってあり得ない。
患者さんたちを
避難させなくちゃいけないよな、
やっぱり。
そんなことを考えていると、
「うちにはコンクリ壁の場所はないわねえ」
ハムとオムレツのお皿を運びながら、
佳代子さんが言いました。
「クロゼットはどうでしょうかね」と
思い切りの悪い私。
入ってもせいぜい、人一人が立つスペースがやっとです。
寝たきりのお婆ちゃんたちを
車いすに乗せて移動させるだけでも
ゆうに15分はかかってしまいます。
これが誤報でないとしたら、
時間内に安全な場所にいけないのは
一目瞭然です。
佳代子さんはホスピスの看護師さんを
何十年もされてきた方で
私などと違って
ハラがどんと座っています。
「私は、患者さん達とここで逝きます」
と、さりげなく一言。
「そうですねえ」と言いながら、
東京の安い焼肉レストランの番組を
私たちは、患者さん達と
眺めておりました。
「あれは間違いでした」
訂正のメッセージは
38分後に、入ってきました。
ニュースによると、
ワイキキのホテルの地下室に避難した観光客、
土曜日とは言え、課外活動に向かう子供たちに
必死で連絡を取ろうとしたお父さんお母さん、
頑丈なドアをはずして窓をふさごうとした人、
中には、ビーチにいたけれど
身体が不自由な伴侶の施設に慌てて向かい
その途上で
心臓麻痺を起こしてしまった男性もいた
と報道されました。
南の島でバケーションを楽しんでいた人達も、
ローカルの人達も
いつもは穏やかでのんびりの州全土が
混乱とパニックに陥ったことは
確かでした。
今をさかのぼる事、17年前、
テロリスト集団のアルカイダが
米国民間機、4機を乗っ取って
世界貿易センター、
ペンタゴン、
ピッツバーグ郊外の住宅地と
激突した米国同時多発テロ事件。
飛行機の中や、貿易センターにいた
約1000人の人々が
最後の何分間かに
携帯電話やテキストで
沢山の言葉を残しました。
助けを呼ぶために
警察や消防署に届いた緊急電話。
報道機関にかけて、
広く視聴者に伝えようとした電話。
家族へ、愛するもの達へ、
煙とがれきと叫喚の中で、
必死で最後の言葉を残した人々。
世界貿易センターの105階にいたある男性は
奥さんに電話をして、
ひたすら「愛しているよ」と繰り返し
最後は電話が途切れました。
3人の子供いる女性は、ご主人に
「何を言ったらいいかわからない、
子供たちも貴方も愛しているって言う事以外。
もう一度貴方の顔が見たいわ。さようなら」
と言ったそうです。
ちょうどテレビで
航空機激突のシーンを見ていた70代の父親に
まさにそのアメリカン航空機内に
乗り合わせていた32歳の息子は
「心配しなくていいよ、お父さん。
もし激突しても、直ぐ、終わる」
という言葉を残しています。
こうした最後の言葉を
皆さんは新聞や報道で
ご覧になった事があったと思います。
痛ましい、
心の底からの言葉の数々は、
その立場にならなければ、
なかなか実感のわかない
言葉たちでしょう。
私もいわば他人ごととして
読んだり聞いたりしていたと思います。
今回、ハワイのような
緊急時がいかにも起こりにくい場所で
こんなことが起こった事で、
私は「もう一度言っておきたい言葉」
を読み返してみました。
今度は「最後の言葉」が
違った意味で心に響きました。
こんなことでもなければ
忘れている大切な事。
大切な人に
毎日機会ある事に
言っておきたい言葉。
先送りをせず、
出し惜しみをせず、
またの機会を待たず、
好きな人には好きだと、
ありがたい事はありがたいと、
あなたと会えてとっても幸せだと、
今この瞬間に言っておきたい言葉だと
心からそう思いました。
「ぞうきん」という詩を書いた
河野進さんという方がいます。
ハンセン氏病の伝道活動をしていた牧師さんで
マザーテレサの活動に協力する
おにぎり活動をしていたという方です。
その方の詩を2編
最後にご紹介したいと思います。
「また」
また会えると思うから
言葉も態度もつい粗末にする
明日はどうなるか
わからないのに
ごうまんさ
おろかさ
「天の父さま」
どんな不幸を吸っても
吐く息は感謝でありますように。
すべては
恵の呼吸ですから。
(河野進「ぞうきん」)
恵の呼吸を続けられている間、
明日ではなく
今日のうちに
大切な人にその言葉を
どうか、伝えてください。