#70 気づく自分、気づかれる自分
ライフコーチをしていると
キャリアの事
健康管理の事
人間関係の事など
意識を高く持って
自分をよくしていきたいと
思っている方が多いのに
励まされます。
傍目から見る限り申し分ない、
または、かなりいい線いっていると
思われるレベルの方でも
「いや、まだまだ、これこれが~」
とご自分の足らない点
満足がいかない点を
教えてくださいます。
よい面を見るより
ついつい悪い面にフォーカスしてしまうのは
私達の常のようです。
自分ではわかっているけれど、
なかなか思うように改善ができない
そこで、
ライフコーチとやらに
ヘルプを頼んでみるか、と
私の所に来てくださるわけです。
31歳のヤヨイさん(仮名)も
そういうクライアントさんの
一人でした。
静岡の短大を卒業後、
数年家事手伝いをしていたヤヨイさんは、
日本語教師になる決心をします。
自分を試したいと思い、
東京に出て教師養成学校に進みました。
都会に出て訓練を初めてみると
日本語を教えるというのは
もっと世界の事を
学ばなければできないと気が付きます。
日本語教員資格試験を取る前に
まず英語をマスターしなくてはと
今度はハワイの語学学校まで
貯金をはたいて、
六か月の英語研修に来たのでした。
研修が後数週間で終わるという時に
ヤヨイさんは、はたと
次は何をすべきだろうと
迷い始めました。
英語もたった6か月ではまだまだ。
クラスメイト達のように、
このまま続けて
ハワイの大学に進むべきだろうか。
日本語教師養成は受けたけれど
本当に資格を取る事が正しい道だろうか。
静岡に帰っても
教員の仕事の口はない。
英語はどうしたら
もっと流暢になるだろう。
31歳になった自分は
親が言うように
いつまでもうろうろしていては
婚期を逃してしまうのだろうか。
ハワイに来たのに
勉強ばかりしていて
ストレスを溜め、
視力が落ちて目がピクピクする。
慢性の肩こりで、
綺麗なハワイにいるのに
気分がいつも落ち込んでいる。
せっかく勇んで外国まで来たのに
これでは
親を失望させてしまう。
もっと頑張らなければ。
もっと何かできるはず。
私の人生はどうなるんだろう。
ヤヨイさんの頭の中には
いろいろな考えが去来し
収集がつかなくなってしまっていました。
「あっちに行け」という声が聞こえる矢先から
「あっちに行っちゃだめ」、
「日本に帰れ」の声。
「ここにいろ」の声にダブって聞こえるのは
「もっと世界をみよう」
冒険娘の危険な囁き。
頭の中が交通マヒになって
どちらに進んだらよいのか
にっちもさっちもの様子です。
ヤヨイさんは交通麻痺の真っただ中で
苦しんでいたのです。
これは精神の疾患や心理の問題を
治療するというカウンセリングの分野とは
少し違う分野だと思います。
ヤヨイさんは、心の病気というより
心の整理整頓、まとめ、
統合をしたかったのです。
コーチングセッション後
ヤヨイさんは、
「聞いてもらって少し気が楽になりました」
とにっこりしました。
しかし、カウンセリングと違って、
クライアントさんが「楽になる」のは
コーチングにおいては、
始めの第一歩にすぎません。
コーチを信頼してもらい、
眉間、首、肩などに溜まっていた
緊張をほぐしてもらった後、
次のコーチングで
ヤヨイさんにしていただいたのは
ちょっとした実験でした。
誰でも遊び心でできる
コーチングのやり方の一つです。
それは、
ヤヨイさんの頭の中の
いろいろな「声」に
一人一人名前を付けてもらうという
実験です。
例えば、
日夜英語に頑張るヤヨイさんは
頑張り屋さんの「頑さん」
目がぴくぴくして疲労困憊のヤヨイさんは
「ピク」
親に心配をかけたくないいい娘のヤヨイさんは
「いい子ちゃん」
ハワイに野心と冒険心を持ってやってきた
ヤヨイさんは「伝説の海のモアナ・ヤヨイ」
コーチと一緒にそんな作業をした後、
夫々のパーソナリティになってもらい
一人一人の声をじっくり聴くことに
時間を取ってもらいました。
この間、他の人達は自分の番が来るまで
静かに待っているというルールです。
つまり一人一人の声に
耳を傾けるヤヨイさんがいて、
声を聴いてもらっているヤヨイさんの
一部がいるわけです。
他の声に邪魔をされず、
「ピク」が話す事を聞いていた
ヤヨイさんは
「体を労わっていなかった」
「ポテチとダイエットコークの食事で済ませていた」
「ピクが可哀そう」
と感想を述べてくれました。
「モアナ・ヤヨイ」の声は
聞いているヤヨイさんに
開放感と夢を感じさせてくれました。
大海原に向かい、
初航海に出かける船長さんになったような
興奮と同時に居心地の悪さ、
奮い立つ気持ちと危険感を
感じる事が出来ました。
「こんな私もいたんですね」
「怖いようなワクワクする感じ」
というのがヤヨイさんの感想でした。
「頑さん」のひたすら頑張る声を
最後まで聴いたヤヨイさんは
「そんなに無理してたんだ。
ホントに頑張ってたんだね」
と、自分の一部に対して
暖かい慰めの声をかけていました。
気づく自分と
気づいてもらう自分。
自分の声を、ちょっと分けてみて
交通整理をして聞いた後の
ヤヨイさんの発見でした。
自分の中の声を聴くというのは、
私が訓練を受けた
トランスパーソナル心理学の
先駆者とみなされている
イタリアベニス生まれの精神科医
ロベルト・アサジオリが
考えた技法の一つです。
人間は自分の感情や衝動、
未来への不安
過去への後悔などに
振り回されている存在であると
アサジオリは言います。
頑張り過ぎで疲れている自分を
「私はもう疲れきっている、
もっとできるはずなのに自分が情けない」
と思っている時、
私達は、疲れ切っている自分、
情けなく思う自分を
自分の全てであると同一化して
思い込み
ある意味それらに支配を受けています。
自分すなわち疲労、
自分すなわち諦め
自分すなわち失望
しかし、とアサジオリは教えてくれます。
自分の感情は
自分の一部であっても、全てではない。
疲労を経験している自分と
それに気づいている自分を
少し離して考える事で
疲労、諦め、失望、情けなさなどに
翻弄される自分を
客観視してみる、
自分=失望ととらえ同一化している図から
一度飛び出してみる。
脱してみる。
ヤヨイさんが実験したように
声に出してきいてみる。
アサジオリは
例えば、こんな風に言ってみる事で
気づきを促進する方法を
推奨しています。
「私には失望感がある。
でも私は失望感そのものではない。
失望感は強く感じる事もあるし、
そうでない時もある。
対立する感情が出てくる時もあるし
そうでない時もある。
変化する事もあるし、
とどまって動かなく感じる時もある。
しかし、
その失望感が
私自身の全てでない事を私は知っている。
私はその感情を観察し、
理解し、
耳を傾け
判断してやる事ができる。
そして、それを押さえつけたり、
無視したりせず、
認め、方向づけ、
そのエネルギーを利用する事さえできる。
私には感情がある。
しかし、私はその感情そのものではない」
アサジオリの考え方では、
体にも
感情にも
欲望にも
知性にも
意識にも
この心理的距離を創り出すことで
ぶれない自己を見つける事が
できると、
それらの心的エネルギーの力を
建設的な方向へコントロールする事ができると
いいます。
アサジオリの提唱した心理学は
サイコシンセーシス
精神統合と呼ばれています。
コーチングへの利用方法としては
ヤヨイさんがしてみてくれたやり方のほかに
一人一人の自分の一部を
オーケストラの楽器の一つと考える。
バスに乗りこんできた乗客と考える
などという方法があります。
オーケストラにはコンダクターがいて
乗合バスには運転手さんがいます。
コンダクターや運転手さん達が
統合された自分です。
音楽をまとめ、
バスの行く方向を決めるのは
この統合された自分です。
アサジオリの
サイコシンセーシスにおける
この脱・同一化の方法は
とても分かりやすいやり方であると同時に
パワフルな方法で
どなたでも実験出きるやり方だと思います。
頭の中の交通整理が必要な時
もやもやといろいろな声が聞こえてきて
収拾がつかなく感じる時
是非試してごらんになるとよいと
思います。
試された経験をシェアしてくださると
とっても嬉しいです。
さて最後に
ヤヨイさんのその後のご報告です。
ヤヨイさんは、一度静岡に帰り
ご両親と相談した結果、
まず日本語教員の資格試験を終了する事にしました。
3月間の時間の余裕をみて
仕事があればそれを日本で続ける、
もし仕事がなければ、一年の留学を考える、
しかし、資金は自分で作る
という両親も納得してくれる決定を下しました。
仕事を探し始めて2か月ほどたった時、
日本語ではなく、
英語を子供たちに教えるという仕事が見つかりました。
ハワイで語学留学をした経歴が良かったようです。
その職場は、2年以上働いた教員を
オーストラリアに
短期海外留学に派遣する制度があり、
ヤヨイさんは子供たちに英語を教えながら
目的を持った語学留学を目標に
毎日楽しく教えているそうです。
ちなみに職場は両親宅から30分程で
ご両親も大変安心していらっしゃるとの
報告でした。
更に「同僚の先生仲間に素敵な男性が」
というおまけもついていました。