#32 利他の心

(字遊書家BINA)

(字遊書家BINA)

たたき上げの国際ビジネスマンMさん、

日本を出てアメリカ本土に渡ってからは

製造業界でビジネスを成功させ、

アメリカにとどまらず世界の国々でも活躍中の

50代のクライアントさんです。

 

Mさんが、チャレンジな時期を経験されていた頃

私は数か月、頻繁にお話を聞く機会がありました。

 

語学の才能に恵まれ、分析力や洞察力に大変優れたMさん、

今まで成功されてきたのは、当然の事だと思います。

離婚を一度経験されている方ですが、

それも乗り越え、今後の生き方を探っている頃、

会社の人間関係でひどく躓くという経験をされていました。

 

同じ時期に腰痛が始まり、睡眠不足や食欲減退など体調も崩れ、

朝起きだすのも辛い。

ストレスを騙しだまし仕事を続けていたので、

精神的にもとうとう

ブレークダウン寸前になってしまっていました。

 

Mさんは、数か月迷った後、

一度ビジネスを畳み

新しい土地に行って、出直してみようという大決心をしました。

ご家族のご病気などもあって、

それが一つの引き金になったようです。

「言うは易く行うは難し」の、

とても勇気のある行動だと思いました。

 

このMさんが、一年以上たってから連絡をくれて

こんな言葉を伝えてくださいました。

 

「新しい土地で、若いエネルギーに囲まれて暮らしています。

かつてのように褒められる自分だけ目指していたら

果たしてこのような生活ができていたかどうか。

 

たった一年少しで、10年分以上の友達作りができました。

年齢も多岐にわたり、国籍も性別もバラバラ。

他人に褒められるためではなく、

他人を褒めるために生まれてきたと思った結果だと思います」

 

自信満々に見えたビジネスマンが、

直に

「かつて自分は褒められる自分を目指していた」と

語るのはどんなに勇気がいる事でしょう。

 

でも、意を決して環境を変え、生活態度を変えてから

「他人に褒められるためではなく、

他人を褒めるために生まれてきた」と気づき、

 

それを実行した一年で、

 

年齢も国籍も性別も多岐にわたる

友達がどんどんできてきたという報告です。

勿論、新しいビジネスも好調であるとのことです。

 

私はこの報告を心から感動して読みました。

 

そして、

「他人を褒めるために生まれてきた」というMさんの新しいあり方が、

分子生物学者の村上和雄先生の提唱されている

遺伝子のスイッチをオンにする」という言葉

に通じるものがある事に気が付きました。

 

従来の遺伝子学では、

突然変異という変化球がたまにはあるものの、

DNAが親子間、世代間の情報伝達を決定するもので

生きるものはDNAによってある程度運命は決められているという

考え方をします。

 

所が、最近ではエピジェネティックスという

新しい遺伝子学の考え方が出てきたのだそうです。

 

高血圧の引き金を引くレニンという酵素の研究で

世界的注目を浴びている村上先生によると、

エピジェネティックスという聞きなれない学問は、

人体の遺伝子の、多種多様な可能性

(これをオンかオフかと区別しています)を探り、

後天的に決定される

遺伝的な仕組みを解明しようとする学問です。

 

つまり、エピジェネティックスによれば

人間はDNA万能ではなく、

よい遺伝子を「オン」にできる可能性があるのだそうです。

 

 

かつて、相手の論点の弱い部分を的確に容赦なくついて

ビジネスをシャープに進めてきていたMさんが、

相手の良い所、優れた所を褒める事から

人間関係を作り直し始めた途端に、

 

多くの人々が引き付けられる魅力的なリーダーとして

先輩として、同僚として、

人々が周りに集まって来たという事実、

これはMさんが良い遺伝子のスイッチをオンにした成果だ

と思いました。

 

 

村上先生は望ましい遺伝子をオンにするためにできることを

次のようにあげています。

 

  • ·         物事に集中し、継続させる
  • ·         常識に縛られず自由な発想ができる
  • ·         明るく前向きで人との出会いを大切にする
  • ·         思い切って今の環境を変える勇気がある
  • ·         感謝し、感動できる
  • ·         そして、世のため人のためという考え方ができる

 

まさに、Mさんが実行し、成功した利他の心だと思いました。

 

エピジェネティックスによると、

遺伝子にも

利己的遺伝子と

利他的遺伝子があるのだそうです。

 

利己的遺伝子とは

「細胞にある自己の維持と繁栄のみを追求する遺伝子」

勿論、利己的遺伝子がないと、

個体が存続しないので大切な機能ではあります。

 

しかし、

一つ一つの細胞だけでなく、

細胞がまとまって作る臓器、

臓器がまとまってつくる

母胎の正常な維持をつかさどる

大切な利他的な遺伝子も存在するのだそうです。

 

この利他的な遺伝子の一つに、

アポトーシスと呼ばれている自ら死ぬ自己犠牲的型遺伝子があります。

 

犠牲というと感情論的になってしまうかもしれませんが、

個としての自分の存続ばかりでなく、

自分が褒めら生き続けるだけでなく、

最初に母胎(地球、地域、環境、他人)の利を考える、

 

平たく言うと、村上先生のあげる「世のため人のため」

ができる機能をなるべくオンにしておくという

ことでしょうか。

 

相手を心から褒めるというのは、

褒め返してもらいたいから褒めるのではなく、

相手の存在を認め、

相手があるから自分も存在させてもらっている

というような「利他の心」から出た行為の一つなのだろうなあ

と、思いました。

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#25 私達の中に住んでいる魔法使い

竜巻に巻き込まれたドロシーと愛犬トトが、

カカシと、ブリキの木こりと、臆病なライオンと共に

エメラルドの国に住む魔法使いを探すお話は、

もう100年以上前にかかれたアメリカの童話です。

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オズの魔法使い 

 

 

1900年オリジナル版

 

ドロシーとトトは故郷カンサスへ帰る道を、

カカシは空っぽの頭に脳みそを、

ブリキの木こりは空洞の体に暖かい心を、

弱虫ライオンは誰にも負けない勇気を、

 

このデコボコグループは、

それぞれの夢を手に入れるために、

オズの魔法使いを探しに

黄色いレンガの道をたどる冒険の旅に出かけます。

このお話「オズの魔法使い」の本は、美しく夢にあふれた挿絵もあって

1900年の出版当時から爆発的なベストセラーとなり、

何度も映画やミュージカルになりました。

アメリカや日本だけでなく、世界中50か国以上の言葉に翻訳され、

子供たちに愛されてきました。

 

映画で歌われた「虹の彼方へ Somewhere over the rainbow」は一世を風靡し、 

子役女優ジュディ・ガーランドも一躍有名になりました。

 

最近になっても、デジタルで復元された1939年度のオリジナル映画を

見る事ができるようになりました。(3D版も出ているようです)

https://www.amazon.com/Wizard-Oz-Judy-Garland/dp/B00CNW9Z6I

 

 

ドロシー達は冒険の末に、やっとオズの魔法使いの所まで到達します。

 

しかし、

魔法使いは、

西の悪い魔女を倒してからでなければ

それぞれが望むものは手に入れる事はできないと宣言します。

 

このチャレンジを終えたグループがオズの魔法使いの所に戻ると、

何と魔法使いは、ペテン師でしかなかった事が判明します。

自分も気球に乗ってネブラスカから来た

ただのマジシャンのおじいさんだったのです。

 

しかし、オズの魔法使いはここで粋な事をしてくれます。

 

糠とピンと針をつめた脳みそをカカシに、

おがくずを詰めた袋の心をブリキマンに、

勇気の出る薬をライオンに、

それぞれ

威厳を持って与えたのです。

 

オズの魔法使いの力をまだ信じていたカカシは

「智恵と能力と判断力を持つカカシ」に変身します。

 

自分には暖かい心はないと思っていたブリキの木こりは

「優しさといたわりと情けの心を持ったブリキマン」に変身します。

 

逃げる事ばかり考えていたライオンは

「何ものも恐れず恐ろしいものに立ち向かう事の出来る勇者のライオン」に

変身します。

 

ドロシーは、悪い魔女を倒した時から履いていた銀の靴が

カンサスの自宅まで飛ぶ力がある事を始めて学びます。

 

それぞれが欲しいものは、実はもうすでに自分達の中にあったということを

このお話は伝えています。

 

ただ、魔法使いの言葉という暗示が必要だったのです。

そこに到達するまでの、一人一人の冒険も大切でした。

今までいた同じ場所、今までしていた同じことから、

一度飛び出してみるという冒険です。

 

潜在意識のパワーを研究し、

催眠療法ヒプノセラピーを科学の一分野に確立させた

クラズナー博士がこんなことを言っています。

 

「魔法使いには夢を叶える力があることは誰もが知っている。

 

しかし、貴方の中に魔法使いが住んでいて、

貴方の命令を常にあやまたず遂行している事は知っているだろうか。

 

貴方の人生に起きている事は

一つ残らず、

貴方の魔法使いが、貴方の命令を受信し、遂行した結果なのだ。」

 

クラズナー博士がいう、私達の中に住んでいる魔法使いとは、

潜在意識の事だという学者もいます。

オズの魔法使いのように、蓋を開けてみれば、

実はそれは、ペテン師のただのおじいさんかもしれません。

でも、それを信じる事で、不思議な力が発揮されます。

 

それを無意識と呼ぶ人もいます。

 

眠っている右脳の力の事だと説明する人もいます。

 

呼び方はともかく、

それと同時に大切なのは、

心の中に、想像力という信じる心も一緒に住んでいるのを知ることです。

 

潜在意識に眠っているパワーは、

信じる心があるとその力を発揮することができるのです。

 

魔法使いの言葉も、信じる心がなければ

ただのペテン師の言葉です。

 

ただその心は、

時に、理屈や常識や現実や分析から

「竜巻」に乗って

一旦エメラルドの国に旅行しなくては

見えてこないものであるようです。

 

私達の中に住んでいるという魔法使いの言葉、

それを聴いて信じる心、

竜巻に乗って、

知らない国に行ってみる冒険心、

 

これらが揃うと

私達は夢に思うものを手に入れる事ができるのです。

 

 

私達の中にすんでいる魔法使いの言葉を

現実のものとするためには、

勇気をもって自分の枠の外にでてみる

そして、

魔法使いの言葉を信じる想像力を

持ち続けるというお話でした。

#24 空間の整理整頓・心の整理整頓

ローレス陽子(Yoko Lawless)さんは、アメリカの首都ワシントンDCを基盤に、

家やオフィス空間のエネルギーを高めるコーチングという

ユニークなお仕事をしている方です。

Yoko Lawless, You and Space

Yoko Lawless, You and Space

 

陽子さんが、このお仕事をする際に基本にしている考え方は、

同じ波動の物事が引き寄せ合う」という「法則」。

 

「同じ波動の人同志が引き合う」

    -つまり波長が合う人は、引きあう傾向にある、

という考えからもっと進んで、

「人とモノ、事物、人と事象も引き合う」という考え方だそうです。

 

自分が欲しいと思う人生を描いたら、

そのレベルの波動に自分の波動を合わせるのが、

そこに到達する近道なんだ

という事を学んでからは、

 

どうやったらそれが到達できるだろう、

どうやったら、

他の人にもそれを到達させてあげられるだろうと、

模索しました。

 

 

「簡単なんですよ。

自分の気持ちが清らかに高揚するような空間、

自分のレベルより一段高いかなあという空間に

身を置けばいいの。

空間が自分の「気」の質を高めてくれる。

そうすると、

それにあった人や、物事が入ってくるようになるんですよ」

と先生が教えてくれました。

 

 

陽子さんが空間創造コーチングで実際に行うことは、

 

整理整頓をシステム化、

断捨離のお手伝い、

家具や置物の選択や配置など、

風水的な要素も取り入れたステージング、

 

健康的で、

気持ちのよ~い、

先の見通しがよくなるような空間を

創造するお手伝いなんだそうです。

 

家を売りたいと思っている方には、

最高の状態でオープンハウスができるように、お手伝いもします。

 

ここに、空間創造コーチングを実際に受けた

クライアントさんからの声を一部紹介します。

 

「私はコストのかかる古い家を、

損せずにどうやって売ったらいいのかと悩んでいました。

夫の転職が突然決まり、どうしよう!今この家を売ったら大損をすることになると、

途方に暮れていた時に、陽子さんに出会いました。

ごちゃごちゃしていて、どこから手をつかたらいいかわからない。

修理にあまりお金をかけられない。

売り手市場ではないので、タイミングが悪い。

 

陽子さんは「最高を目指しましょう!」と、

どん底から強気の姿勢に引き上げてくれました。

 

どん底からどのようにスイッチしたか?というと、

まず、

イメージするように言われました。

私はマイナス思考気味で、

理想をイメージすることさえ、(陽子さんの)お手伝いが必要でした。

 

家族で幸せな気持ちでディナーを食べているシーンとか、

お友達を呼んで楽しく子供を遊ばせているシーンなど

具体的にイメージしました。

 

壁の色や家具の配置など、物理的にきれいにすることだけでなく、

家の中で暮らす家族がどんな気持ちになれる空間が欲しいのか、

それをイメージすることを学びました。

 

不動産屋さんからは最初、24万5000ドル(日本円で約2753万円)くらいが妥当と言われましたが、

プロジェクトが終了した後に見せたら27万9000ドル(3100万円)で売りに出そうと言われました。

結果的には、29万ドル(3200万円)で売れました。」

 

陽子さんのコーチングを受けて、

売ろうと思っていた家が

当初の価格より5万ドル近くも高く売れた、という例です。

 

「家を売り買いする」という行為は

「空間のエネルギーを回す」という行為。

 

この方は、清らかになったエネルギーを、

次の方に渡すという行為をしたわけです、

 

お金が天下を回るように、気持ちというエネルギーも回り回っているのだと考えると、

このお仕事がさらに楽しくなるんですという陽子さん。

 

陽子さんのコーチングを受けると、

断捨離、お片付け、お掃除のレベルを超え、

その人やご家庭の空間にあるエネルギーが、ぐいぐいと上昇していきます。

売値価格が20%も上がった、いうクライアントさんもいます。

 

気持ちのよい空間の創造は、

実は「心の整理整頓と直結」しているのだとのこと。

 

 

「空間のエネルギーを高める」というのはどんなことなんでしょうか。

陽子さんは先生の言葉を教えてくださいました。

 

 

「周囲に変化を期待したり強いたりしてはダメ。

率先して自分の波動を上げるだけでいい。」

 

陽子さんも、まず大切な土台となる自分の家の

「気」、エネルギーを高めることから始めました。

「こんなに簡単なことなら私にもできると思って、

勉強しながら一生けん命して来たことが、

今はライフワークとなってしまいました。」

 

陽子さんに、

私達が、’今日、今からできる「空間創造」「気を高める」アドバイスを

お願いしました。

 

 

「あえてお伝えしたいことをひとつ選ぶとすると、

水回りを清潔にする習慣を身につけること

特にトイレ。

 

中小企業を対象としたあるデータがあるのですが、

成功している会社のトイレと駐車場は必ず清掃が行き届いているというデータです。

本田の創設者、本田宗一郎さんは工場のトイレを

自分で清掃していたといいますね。

松下幸之助さんもそうです。

 

掃除をすることによって、

空間の「気」が良くなるだけでなく、

その人自身の「気」に変化が起こり、

それが会社全体に広がるという考え方もできます。

 

 

日本の大学で経営学を教えていらっしゃる大森信先生が、

500社以上の中小企業を対象としたリサーのデータをもち、

掃除が経営に与える効果を本にされています。

たかが掃除、されど掃除なんですよ。

 

 

Yoko Lawless (ローレス陽子)You and Space 

https://www.youandspace.com/

ユーマの勇気

ユーマは、18か月前に、恋人を自死で失うという、悲惨な経験をしました。

「経験をしました」と今私は過去形で書きましたが、

彼の「経験」は、今も続いています。

恋人の死の原因は、精神的な事、家族の事から医学的な事まで、私達にはわからない事が、いろいろあったと思います。残された彼にも、家族にも、はっきりした答は永遠にわからないことでしょう。

ユーマは、留学先のハワイで会った、この明るいローカルの娘さんをこよなく愛していました。彼が20年という短い人生で過ごした最高の時だったのです。

二人が一緒だった時間は、あまりにも短かったのですが、

一日一日が、時間の単位まで思い出せるほど、ユーマにとっては、鮮明で、強烈で、夢の中にいるような時間でした。

彼女は、日本が大好き、柔道が強く、

キラキラした笑顔がハワイの太陽のような娘さんでした。

二人は、いつか一緒に日本で暮らす事、もし子供ができたら3人、

子供たちにはハワイの名前を付けようなどと、話していました。

 

彼女がこの世を去る前、最後に会ったのが、ユーマでした。

そして、その最後の別れ方が、喧嘩別れであったことで、

ユーマの苦しみは一層激しいものとなりました。

ユーマは取り返しがつかない出来事があってから、あの痴話喧嘩が、

彼女の心を、深く傷つけ、自死にまで追いやるきっかけに

なったと思ってしまったのでした。

しかし、繰り返しますが、

その本当の理由は、決してわかる事はないでしょう。

 

悲しい事、取り返しがつかない事、苦しみの原因となることは、

私達、皆にある事です。

 

ユーマの場合は、もちろん

事件当初の激しいショック、

あり得ない事が起こってしまった事への深い喪失感、

恋人への執着、大切な人を守れなかったという自己嫌悪、

何度も何度も思い出してしまう最後の別れの場面、

ああすればよかった、こうすればよかったと悪夢のように繰り返される自責の念。

引きこもり。孤立感。いつまでも果てる事のない後悔、

絶望。

 

外部者にはわかりようのない、体験した人にしかわからない、

ローラーコースターのような18か月間でした。

 

泣くことさえできないほどの喪失感の中で、

若いユーマは、たった一人で、一生懸命闘っていました。

彼は一年近く、毎日亡くなった恋人のお墓を訊ね、そこで時間を過ごしていました。

彼はその墓参りを彼女との「デート」と呼んでいましたが、

それが彼の長い長い「悼みの儀式」でした。

 

学生カウンセラーだった私は、彼が時々ふらりと来てくれると、

「よかった。朝、起きれたね。クラスに来ているんだね」と

本当にうれしかったのを覚えています。

 

ユーマの事をお話したいと思ったのは、もちろん彼の苦しみや彼に起こってしまった悲しい出来事について、お話ししたかった事もあります。

しかし、むしろ、

その後の18か月間のユーマの「勇気」について、お話ししたかったからです。

この勇気は、苦しみを乗り越えるレジリエンスと呼べるものだと思います。

一年がたち、恋人の命日が過ぎました。

残されたものにとって、命日や故人の誕生日、最初のデートの日など、記念となる日は、特につらい日です。

彼はそれを想い出の場所を訊ねる事で、そして、彼女の写真や大好きな音楽などで短いビデオクリップを制作し続ける事で、何とか乗り切りました。

日本のご家族、心理カウンセラー、友人達が支えてくれることにも、心を少しずつ開いていった事も、ユーマの心を助けたことと思います。

 

ユーマは、一年が過ぎた後で、私と話し合いをしました。

自分に起こった事を、文章にする事に同意してくれました。

それが、自分への癒し、若くして逝ってしまった恋人への

悼みの作業である事はもちろんですが、

自分が通った道を、もし万が一、誰かがまた通らなくてはいけない時、

自分のした体験が、少しでも、誰かの役に立つのではないかと思ったからでした。

 

私は、その話をしてくれるユーマの大人びた表情を見ました。

そこには、自分の悲しみや苦悩の海でおぼれかけていた一年前のユーマでなく、

一人の成長した大人の顔がありました。

それは、自分以外の人への、深い思いやりを持つことができるようになった

大人の男性の表情でした。

恋人を失った事を受け入れ、

恋人を失った事実と一緒に生きていく、

自分だけで生きているのではない、

自分の悲しみだけが悲しみなのではない。

ユーマの表情は、言葉にはならなくても、そう雄弁に語っているようでした。

 

レジリエンスは、精神的回復力、自発的治癒力などと訳される心理学の言葉です。

災害や事故や犯罪などに遭遇してしまった方がたが、それに耐え、そのストレスを跳ね返し、バランスの取れた平衡状態を取り戻す能力のことに使われています。

そんな心理学の言葉を使わなくても、

ユーマの表情を見れば、私達には誰にでも、生き続ける勇気をもって生まれてきている事が分かります。

苦しみや悲しみは、否定するだけではなく、

ある時はそれらと、肩を並べて生きて行くこともしなくてはいけないと、気が付くのです。

ユーマがそうしたように、それに気が付く事が、本当の勇気なのです。

 

恋人の死の直後、恋人のお父さんが、

ユーマに言ってくれた言葉がありました。

愛娘の亡骸の前で、子供のように大声で、

ボロボロになって泣いていたお父さんでした。

でも、そのお父さんがユーマにこういってくれたそうです。

「彼女の分まで生きてくれ」

 

ユーマの心の記録は、今年の彼女の命日までに電子書籍か、一般書籍化で、出版する方向に持っていけたらいいなと計画しています。

ユーマの作った恋人との想い出のビデオへのリンクも入れて、自分の通った軌跡を正直に忠実に記録して。まだ出版社も決まっていませんが、ユーマの経験がいつかシェアできればいいと思います。

ユーマの事をブログとポッドキャストで話すよと伝えると、勇気ある彼は、

「実名を使ってください」と許可をくれました。

また本も実名で出してみたいと言っています。

その時は、是非、皆さんにも読んでいただき、彼の製作したビデオクリップなども見ていただきたいと思います。

 

 

エマ王妃とキサー・ゴータミー

 

キサーゴータミー(スリランカの切手から)   

エマ王妃 (Wikipediaの写真より) 

エマ王妃 (Wikipediaの写真より) 

ハワイには王国があったので、Queen Emma、エマ王妃様という方がいました。

1836年、日本でいうと江戸時代の終わり頃に生まれた王妃様です。

ホノルルのエリート私立学校のイオラニ校、大手病院のクィーンズホスピタル、

観光名所にもなっているクイーンエマ・サマーパレスなどを作った王妃様です。

この王妃様、20歳の頃に、カメハメハ4世という王様と結婚をします。結婚後2年後にはプリンス・アルバートという珠のような王子様にも恵まれて、母として妻としての幸せな人生を送り始めました。

ところが、このアルバート王子が4歳になったばかりに、突然病死をするという不幸に襲われてしまいました。若い父母の悲嘆は激しく、何を持ってしても、幼子を亡くすという苦しみを癒すことはできませんでした。王妃はハワイ語のチャント、詠唱(えいしょう)や歌にも長け、歌唱家でもあったので、ハワイ語で子を悼む詩や歌を何曲も作って、苦しみを乗り越えようとしたそうです。

しかし、エマ王妃の夫のカメハメハ王4世が、翌年、息子を追うかのように、これまた急死をするという2重の不幸を経験する事になります。愛する家族を失った苦しみは、王妃様も私達平民も同じです。王妃様はホノルルのヌウアヌにあるサマーパレスに引きこもり、外部とは一切孤立して嘆きの毎日を送りました。

それでも、エマ王妃は夫の死後2年して英国を訪れたそうです。船の長旅が、少しでも苦しみを和らげることができるのではと、思った側近たちに励まされたからです。その頃、42歳で、同じく夫を亡くした英国のビクトリア女王と意気投合し、お互いの境遇を語り合ったという歴史記録が残っています。

英国を旅し、ビクトリア女王と会って、一時は元気を取り戻したかのように見えたエマ王妃でしたが、ハワイに戻るとやはり、夫と幼い息子の思い出に、胸が張り裂けそうな心に戻ってしまいます。そこで、側近たちがエマ王妃に、ハワイの中でも癒しの島であるカウアイ島に行くことを勧めます。亡くなった人々の想い出にあふれたホノルルから、カウアイ島に渡ったエマ王妃。カウアイ島でも、心は浮くことなく、悲しみは続いたままでした。

その頃、カウアイは熱帯サイクロン、台風、に見舞われて、多くの死傷者が出ました。家屋は崩壊し、生活の糧をなくした人々。たとえ生き残っても食物や薬品も不足する不自由な生活を余儀なくされたのです。親を失った子供たちは、泥だらけで土の上に寝るような災害後の生活でした。

エマ王妃は、夫と息子とを失った悲嘆の生活から、助けを求める人々のために、初めて外に出ました。自分の悲しみはとりあえずおいて、今、目の前で苦しんでいる人達を、助ける事に集中したのです。掘っ立て小屋の簡易病院で、自ら水を運び、包帯を代え、孤児となった子供たちに歌を歌って聞かせて、慰めました。老人に手を貸し、賄いを手伝い、困っている人達のために、寝る間も惜しんで、手を差し伸べたのです。

カウアイ島の経験から、王妃はやっと自分の苦しみに癒しを見出しました。自分以外の人々をねぎらい、助け、共に苦しむ事で、苦しみや悲しみがやっと薄らぐ事ができたのです。

 

エマ王妃の話は、子を亡くして芥子粒(けしつぶ)を探しまわるインドの若い母、キサー・ゴータミーの話を思い起こさせます。ご存知の方もあると思いますが、有名な法話です。

半狂乱になって幼子の遺骸を抱えたままブッダをたずねたキサー・ゴータミー。子を生き返らせてくれるように、ブッダに泣きながら必死に頼みます。キサー・ゴータミーは実はその数年前に、夫も亡くしており、忘れ形見の子供まで死なせてしまった悲嘆は、言葉にすることができないほどでした。

ブッダは、この哀れな母に「子を生き返らせる前にあなたはしなくてはならない事がある」と言います。

「何でもしまう」というキサー・ゴータミーに、それでは「誰も死人を出した事がない家から、白い芥子粒をなん粒かもらってくるように」と伝えます。

キサー・ゴータミーは、言われた通り、食べ物も水もほとんど口にせず、寝る間も惜しんで、家から家へ必死で、芥子粒を探し回ります。しかし、次第に一軒たりとも「死人を出した事がない家」「悲しみがない家」は存在しない事に気が付くのです。

9日後ブッダの元に戻ったキサー・ゴータミーの腕の中に子供の遺体は、もうありませんでした。そして、泣き叫んでいた女の表情は、穏やかで平安を持ったものになっていたと伝えられています。

 

ハワイのエマ王妃も、インドのキサー・ゴータミーも、

世界中の人々も、

あなたも私も、苦しみを持たないものはないとこの話は伝えていると思います。

愛するものを亡くす苦しみ、家や財産や地位をなくす、または得たいものが得られない苦しみ、それが、自分だけのものではないとわかった時、苦しみがなくなってしまうわけではありません。

でも、生きとし生けるものへ心を寄せる事によって、私達はどんなに救われる事でしょう。

ハワイのエマ王妃が作ったクイーンズ病院では、今でも何千、何万の人達が、癒されており、イオラニ校では、次の世代の子供たちが教育を受けています。キサー・ゴータミーも、悟りを開いたのち仏の弟子の尼僧となり、世の人々の悟りの道を助けたと伝えられています。

苦しんだり、苦労をしたりしている方々の、コーチングやカウンセリングをしていて、どうしてもご自分の苦しみから抜け出る事ができなかった方が、自分の苦労から一歩外にでて、周りの人達に心を寄せる事で、自分も高められ、苦しみから脱した方がたの例をたくさん見てきました。

例えば、ボランティアをする、そんなオーバーなことでなくても、道に落ちたゴミを拾う、通りがかりの人に微笑みかける、友人や家族に優しい言葉をかける、なんでもいいのです、あなたのその「一歩」が、知らないうちに誰かを助けているかもしれません。

あなたが助ける事ができる人が、直ぐ傍にいるのです。

あなたにとってそれは誰でしょうか。

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