#105 片足のシンディさん

Cyndi Chair Yoga .JPG

シンディさんは現在52歳、

男性でもタフと言われる

アメリカの海兵隊に

23年前に入隊しました。

 

12年前の2007年

アフガニスタン出兵中

交通事故に巻き込まれて

片足を失いました。

 

8か月間の入退院とリハビリを

繰り返し、

今は服役軍人の恩給を受けて

生活しています。

 

膝から上の切断後

義肢と松葉杖の生活で

帰国後は体の健康を取り戻すのに

精いっぱいでした。

 

米国本国に帰還後

買い物でも公園に行くのでも

外に出ると人の目がありました。

切断された足をじろじろ見る人、

動きが遅いので迷惑そうにする人。

それでも

自分は祖国のために軍務につき、

名誉の負傷をして戻ったと

自分に言い聞かせました。

 

軍は退役し

通院も間遠になった後

生活は次第に引きこもりがちに

なっていました。

 

家族はなく一人暮らしですが、

片足を失った事より、

もっと自分を苦しめている事がある事に

気が付きました。

 

軍務で出かけて行った

見も知らぬ国、アフガニスタン。

言葉も文化もわからぬ国で

目に焼き付いた悲惨な状況。

貧困、殺戮、破壊。

 

ある忘れられない記憶がありました。

起きていても、

いつでもその記憶があるし、

夢にも何度も出てくる光景です。

 

アメリカ軍のキャンプに

お菓子や食べ物をねだりに来る

10歳から14-15歳の

子供たちがいました。

自分の故郷で言えば、

自転車やスケボーに乗って

コンピュターゲームに没頭している

小学生か

中学生位の年齢の子供たちです。

 

爆撃で自分の村を追われて

逃げて来た子供もいれば、

親を亡くした子供もいるようでした。

 

事故があってから後

知らされた事です。

 

子供たちは、

イスラム国(ISIS)や

タリバンなどイスラム過激派組織に

リクルートさた

少年兵たちだったのです。

困窮生活をしている子供たちは

食べ物やお金や

ピカピカのスマホなどでつられ、

メッセンジャーや見張りとして

スパイとして、

中にはジハッドの名目で洗脳されて

トレーニングを受けていました。

 

子供だと疑われにくいので

グループは積極的に

リクルートを繰り返していました。

 

役に立ちそうな年齢の子供を

お金と引き換える家族もあるのだと

知りました。

 

シンディさんの記憶にある、

戦闘の引き金を引いた自爆兵は

14歳の少年でした。

 

アメリカ軍に協力するアフガンの警察を

攻撃する目的で、

少年自身を含め6人が死亡、

警察官5人と一般市民を巻き込んで、

混乱を起こした爆破事件です。

 

シンディさんはその事件現場に駆け付ける

応援隊のメンバーで

現地に向かう途中、

軍のトラックと地元警察を巻き込む

大事故に遭ったのです。

 

阿鼻叫喚の真っただ中、

シンディさんは

衝突した車の下敷きになり、

朦朧とした意識の中で

破壊されたビルの、

立ち埃や煙を見ました。

 

人々が叫びながら駆け回っている

状況も見たように記憶しています。

誰かが

「車の下にもう一人いるぞ!」

と、どなっている声も聴きました。

『ああ、自分のことだな』と思いました。

 

あの事故以降、

実際に自分の目で

自爆した少年を

見たわけではないのに、

その場にいたかのように

少年の様子が

網膜に焼き付いているのです。

 

受けた事故のショックと

自爆事件の状況が記憶の中で

重なって

しまったようでした。

 

腹に手作りの爆弾を巻き付け、

緊張した表情の少年が

チェックポイントに

歩いて行っている様子。

 

ちょうど、仮設テントに

時々やってきて、シンディさんたちが

M&Mのチョコレートを上げた

子供たちの姿と重なりました。

 

自爆した少年が、

自分がしっていた同じ少年たちでは

ないとわかっていても、

それでもシンディさんの心は、

えぐられるような苦しみで

いっぱいになってしまっていました。

お菓子を手にして

この上なくうれしそうだった

少年たちの顔が目に浮かびました。

 

あの子たちも、

いつか爆弾をやせた腹に

巻き付けて

自爆兵になってしまったのだろうか。

大人になることなく、

死んで行ってしまったのだろうか。

 

切断された自分の片足への想いは、

洗脳されて死んでいった運命の

アフガニスタンの子供たちへの

えぐられるような想いと重なりました。

 

もう左足がないのに

左のつま先がうずく時、

バラバラに飛び散って

散乱してしまった子供たちの、

体と魂が

元に戻りたがっているように

感じられてしまうのです。

 

自分の足は、

あの子たちに

自分がささげる事ができた

唯一のものだったというような

どこか屈折した気持ちにさえ

なってしまいました。

 

シンディさんは1年以上、

ほとんど家を出る事をせず、

人にも会わず、

深い後悔と混とんの中での

時間を過ごしました。

 

ある日、

退役軍人センターの担当官が

やって来て、

義足の人もできる訓練がある

と伝えてくれました。

 

元々体力には

自信があったシンディさんは

「訓練」と聞いて

少し心を動かされました。

 

その訓練とは

椅子に座ったヨガだというのです。

「ヨガ?」

シンディさんは躊躇しました。

 

ドラッグをやっている

長髪の似非宗教家のイメージが

「ヨガ」という言葉と

一緒に浮かんできました。

 

話を聞いてから

実際にクラスに行くまでには

さらに1か月以上が経ちました。

 

アメリカ軍の兵隊と

古代のスピリチュアルなヨガ。

シンディさんにとっては、

何ともしっくりこない

不思議なコンボでした。

 

しかし、実際に行ってみると

そこにいた人達は、

自分と同じように

心や体に深い傷を負っている人達

だという事に気がつきました。

 

「Warrior at Easeにようこそ」

ヨガの先生がそう言って、

義肢や義手を持った軍人たちに

挨拶しました。

 

Warrior at East

~心安らかな戦士

 

グループのカウンセリングや

セラピーではなく、

また今までやって来た肉体だけの

軍事訓練でもなく、

アサナと呼ばれる

ヨガのポーズをとる事。

 

自分で体を動かし、

呼吸を感じ、

自分と体と心と精神とを

少しずつつなげる事。

 

ゆったりと自分のペースで

失われてしまっていたものを

見つける事。

 

失われた足とも

自爆していった少年の心とも

他国を守るという脆い理想とも、

失われたものを

もう一度見つけ出して

そして、

手放す事。

 

確かにそれは、

体だけの訓練とは違う

もっと別の意味の訓練でした。

 

椅子に座って手足を動かしているつもりが、

いつしかそれが、

深い贖(あがな)いにつながる事を

シンディさんは体得していきました。

 

椅子ヨガを始めた頃から

シンディさんは義肢をせずに

街を歩くようになりました。

 

ない事を恥ずかしいとは思わず、

ない自分を

まっすぐ見つめて、

失ったものだけではなく、

今ある自分に向き合う事が

できるようになって来たのです。

 

自分を罰することではなく

自分を労わる事を

やっと許したのです。

 

体を動かすと、

昔の軍事訓練の充実感が

少しずつ戻ってきました。

片足でもできる事があると

新しい自分を発見しました。

 

自分のような立場にある人に

是非知ってもらいたいと

椅子ヨガの訓練を受ける

ヨガのインストラクターたちに

自分を実験台に

訓練をしてもらうように

生徒役のボランティアもする事にしました。

 

私がシンディさんに会ったのは

こうした訓練コースの途中です。           

足がない人

手がない人

下半身不随の人

体ではないけれど

心や脳が傷ついている人。

 

ヨガを通じて

生きる意味を再度みつけ、

なごんだ、心安らかな戦士になる事。

そんな趣旨のWarrior at Easeプログラムで

多くのヨガの先生が、

多くの退役軍人さん達が

トレーニングを受けていました。

 

シンディさんに

「写真を撮ってもいいかしら?」

と聞くと

「取って頂戴よ。

皆にどんどん知らせてほしい」

と、明るい声で、シンディさんは

快諾してくれました。

 

足を失い

心の一部を

遠い国アフガニスタンに

置いてきてしまったシンディさんは、

今ではそこにいるだけで

周りの人がつい

ニコニコしたくなるような

強さと明るさを持った人になっていました。

 

足が無くなった事と

心を深くえぐられる経験をしたことが、

シンディさんを、

周りの人をも

明るくする人に

変身させてしまったようなのでした。

 

 

おこがましくも先生として

「椅子ヨガ」を教えている私は、

シンディさんを見て思うのです。

 

本当の先生とは、

知識やスキルを教える人なのではなく、

シンディさんのような人の事を

言うのだなと。

 

シンディさんに会った時、

思い出した相田みつをさんの

この言葉を皆さんにお送りします。

 

あなたがそこにただいるだけで、

その場の空気が明るくなる。

あなたがそこにただいるだけで、

みんなの心がやすらぐ。

そんなあなたに私もなりたい。

 

相田みつを

#102 悲嘆療法

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催眠療法は心理療法の一つです。

その中でも特に興味深い二つの療法があります。

「悲嘆療法」と「退行療法」と呼ばれる方法です。

 

今日はその第一回目として

「悲嘆療法」についてお届けします。

 

高木和代さんは、

催眠療法師、

英語でヒプノセラピストです。

日本人、アメリカ人を対象に

ハワイのカイルアで、

このヒプノセラピーをしていますが、

どんなやり方で、

どういった癒しをもたらす

ことができるのか

お話を伺いました。

 

高木さんのヒプノ歴は約5年。

特に、家族や親しい方を亡くされ、

その悲しみから

立ち直れていない方の為に、

「悲嘆療法」という催眠療法をしています。

 

ゆかり:悲嘆療法というのはどんな

方法か説明してください。

 

高木:家族とか友達とか

自分の大切な方を亡くされて、

その悲しみから立ち直れていない方がたが

いらっしゃいます。

ではなぜ、

その悲しみから立ち直れていないのか、

 

それは多くの方が、

まだ完了していない

未完のコミュニケーションが

ある場合が多いんですね。

 

亡くなる時に、

聴きたい事があった、

伝えたい事があったけれども、

伝える事が出来なかった、

そういう経験をお持ちの方が多い。

 

そういう方たちは、

あの事を言いたかった、

聴きたかったという思いが

ずっと残されていますが、

その方たちはもう亡くなられていますから、

もう戻っては来ないわけです。

 

コミュニケーションが

ストップされたままなんですね。

悲嘆療法によって、

その未完のコミュニケーションが可能になる、

知りたかったことが知れる、

それによって

癒されるという事なんですね。

 

例えば、お子さんを亡くしたお母さんがいる。

子供が不憫で可哀そうで、

あれもしてやりたかった、

これもしてやりたかったと、

未完の想いが募っています。

 

悲嘆療法では、具体的には

こんなプロセスを踏みます。

 

ゆかり:催眠にかかった状態になると、

まるで子供がそこに

出てきたような気持ちがするんですか?

高木:そうです。

その方には自分の亡くなった子供さんが

そこにいるという風に感じるわけです。

抱きしめたりもできますし、

抱きしめた時、

人を抱いている感触が

感じられるわけなんです。

 

ゆかり:それはその方の潜在意識の中に、

すでにその子を抱いたという

記憶が残っているからですか?

高木:お母さんには

目の前にいるように見えて

会話もできるわけなんです。

 

悲嘆療法では、催眠にかかった方が

亡くなった方との会話を通じた癒しを

もたらすという考え方をします。

具体的に

どうしたら会話ができるのでしょうか。

 

高木:会話は「人格交代」と言いまして、

自分が言いたかった事を聞く、

自分が

相手になったという状態になります。

 

お母さんに「子供が見えますか?」って聞くと、

「見えます」って言いますよね。

「どんな姿ですか」

「どんな服装していますか」

「どんな顔つきをしていますか」って聞きます。

そして、三つ数えて

「貴方は~ちゃんの中に入って行きますよ」と言うと、

その(子供の)中に入って行くわけです。

 

ゆかり:催眠によって

亡くなった方の存在が感じられるだけでなく、

感情面の中に、まるで自分が

その子供になったように、

入る事ができるという事ですか。

 

高木:そうですね。

それで質問の答えを

お母さんに言う事ができる、

答を知ったお母さんに

「~ちゃん、今度はお母さんに戻りますよ」

っていうと、戻るわけです。

 

ゆかり:顕在意識から見れば、

1人芝居をやっているような?

 

高木:そうですね。

一人芝居と言えるかもしれません。

ただ、本人には

本当に子供と話をしているように感じられる。

子供が言った事というのは、

自分の中にある事なんですよね。

 

ゆかり:自分の中にある事っていうのは、

自分が聞きたかったことなんでしょうか。

 

高木:そうかもしれませんね。

自分が「そういう風に言ってくれるかなあ」

と思っていた事を

子供が言ってくれるのかもしれません。

 

ゆかり:両親や祖父母が

亡くなったという例ですと、

どういう質問が多いんでしょうか。

 

高木:あの時はこういう事があったけれど、

どうしてああいう事をしたのとか。

自分が子供の時に何か親の方の問題があって、

自分が傷ついたりしている場合、

そういう事の真相を聞いて、

理解したりする場合があるわけです。

 

ゆかり:あの時は意地悪のように感じたけれど、

大人の人格になって考えて見ると、

あの時は理由があって、

この子の為を思ってそういう事を言った、

そういう事をしたという事が分かると、

気持ちが楽になるという事ですか。

高木:そうですね。

 

悲嘆療法における人格交代は

催眠にかかる事ができる、

催眠状態になれるということが

第一条件ですが、

催眠というのは誰もがかかる事が

出来る状態なのでしょうか。

 

ゆかり:催眠にかからない人っていうのは、いるんですか。

 

高木:普通は皆さん、かかるんですけれど、

リラックスができない方もいらっしゃるんですよね。

それから想像できない方。

それも、リラックスと想像を何回か練習したら、

できるようになります。

 

ただ、脳自体に記憶とかの問題がある方、

例えば認知症、

そういう方は難しいですね。

それから積極的に催眠に

かかってみようというお気持ちがない方、

これは、ちょっと「まやかしだ」と、

「入らないぞ」と思っていらっしゃる方は、

入れないです。

ゆかり:脳に問題のない方、

それから意識的に療法を

受けてみたいと思っている方は、

ほとんど入るということですか。

 

高木:程度はありますよ。

深く入る方、軽い状態の方も

いらっしゃいますね。

何回もやり続ける事によって、

深く深く入れるようになります。

 

ゆかり:深く深くというのは催眠の、

潜在意識の中に入って行くという事ですね。

 

高木:そうですね。

練習するともっとクリアに

見えるようになってきます。

 

ゆかり:見えるようになると言っても、

目を閉じているわけですよね。

 

高木:目は閉じていますから、

何か頭の中に浮かんでくるという感じですね。

 

ですから、イマジネーション、

想像するという事が出来ないと、

難しいですよね。

目を開けて見えるわけではないわけですから。

 

実際に高木さんが悲嘆療法をして、

悲しみから立ち上がったという例について

お話していただきました。

高木:一人男性の方で、

自分を育ててくれた

本当のお母さんではないんですが、

そのお母さんに会いたいという事でした。

 

ゆかり:そのお母さんは亡くなられていたんですね。

 

高木:そうです。

その方は何もうまくいっていない

という状態の方だったんですね。

仕事もうまくいっていない、

ガールフレンドとも別れてしまっていて、

自分はいったいどうしたらいいのか、

何をしたらいいのか分からない

という状態の方だったんです。

 

その方が催眠の中で、

お母さんに会われて、

お母さんの愛、

(お母さんが)おっしゃっていた

クリスチャンの生き方に

反抗して生きてきたけれど、

もう一度クリスチャンの生き方を

するのが一番だと言われました。

 

ゆかり:それは催眠の中で

お母さんが出てきて、

キリストの生きかたで

生きていきなさいと言われた。

 

高木:そうですね。

 

ゆかり:その方は催眠でそう言われて、

納得したんですか・

 

高木:はい。

それからは教会を中心の生活を始め、

それが自分にとっては

本当に幸せって思われて、

今も元気でいらしゃると思います。

 

ゆかり:潜在意識の中に

お母さんの言っていられたものが

深く入っていて、

自分の中の智慧に達する事が出来た?

 

高木:そういう風に言えるかもしれませんね。

これは自分の潜在意識の中にある、

直観とか、経験、感覚

というようなものから来ていますから。

勿論潜在意識のもっと下の方に行くと、

集団の無意識という状態が

あって、

お母さんの潜在意識とも

繋がっているという考え方もあるんですが、

 

ゆかり:ユングなどの考え方ですね。

 

高木:そうですね。この方は

自分の顕在では気づいていなかったけれど、

潜在意識の中にはあった事が、

お母さんが目の前に現れて、

子供の時同じように言われていたように、

話してくれた。

それが出てきたんだと思うんですね。

 

ゆかり:その方は

クリスチャンになられたって言う事だったんですが、

キリスト教の方が、

想像の世界でも、

亡くなった人に会うとか、

そういう事に対する抵抗のようなものは、

なかったんですか。

 

高木:ありました。

その方はとても抵抗があって、

でも悲嘆療法をしたい、

悲嘆療法でお母さんに

とても会いたがっていらっしゃったんですよ。

私はそれは

幽霊とかいう事ではないですよ、と。

 

亡くなっても、

自分の中にいつもいるっていう感覚は

皆さん持っていますよね。

 

自分の中にいるお母さんに

登場してもらうっていうことなので、

心配なことはないです、

それは全部自分の

潜在意識の中から出てきたものですよ、と。

 

この悲嘆療法は、

例えば自分一人ではできないものでしょうか。

亡き人を想い、

仏壇に手を合わせ、

写真を見て故人を偲ぶということは

多くの人がしている事ですが、

高木さんはこう説明してくださいました。

 

高木:自己催眠という方法があって、

自分で催眠に入って、

会いたい方と会うという事は

可能だと思います。

 

違うのは、これは心理療法であって、

セラピストが一緒にいて、

いろいろな質問やサポートをして、

その方が望んでいらっしゃる、

いい方向にそれを

導いてくれるっていう所が

大切だと思いますね。

 

ゆかり:質問をされるということで、

どうしていったらいいのかな

という事が分かるということですね。

 

高木:そうですね。

自分ではただその存在を感じる、

話をするという事は可能だと思いますが、

 

どういう風になりたいのかというのは

セラピストは知っていますから、

そういう風に話を進めていく、

 

クライアントが何を学んだか、

何に気づいたかという事を口に出して、

話していただくので、

そうするとはっきりと、

自分自身よく分かるんですね。

 

自分はこうなんだ、

こうしたいんだという意識が

生まれるわけです。

 

催眠は記憶だといわれるんですが、

記憶を再構築していく、

創り出していく、

または消していくという事が

可能なわけですね。

 

例えば、禁煙をする、

煙草はまずくて吸えない

という暗示が入ったら、

それが新しくなります。

 

今までは煙草がおいしいって言う、

それが煙草を口にしたらもう

「ウッ」となるような暗示を入れれば、

それが変わってしまうわけなんです。

 

ゆかり:それは記憶が自分の中で、

入れ替わるという事なんですね。

それによって行動も変わる、と。

 

高木:そうですね。

悲嘆の場合は、

自分が聞きたかった事、

知りたかった事、

それは自分の中から

答が出てきているんですけれども、

亡くなった方への思いとか、

勘違いしていた事とかが

クリアになってくる。

 

それが新しく潜在意識の中の

記憶として残るわけなんです。

 

それですから、

ルーツの、根本から変わってしまう。

 

ゆかり:そういうパワフルな力が

悲嘆療法という催眠の療法、

潜在意識の中にあるわけですね。

 

(催眠療法―退行療法に続く)

#93 ビジョンクエスト

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最近あるアメリカ人ご夫婦と

夕食をする機会がありました。

御主人はハワイ大学の教授で

海の環境保全を研究している方です。

 

奥様の方は仏教に入信し

毎日の仕事や人間関係の中で

信仰の生活を

実行しているという女性でした。

 

その夜の話題は

自分が実際に経験した

人生の大切な体験

という話題でした。

外国に生活して

多くの人に助けてもらった経験から

私は、少しでも他の人を助ける事が

出来ればと思い

ライフコーチをしていますと

話しました。

 

オレゴン州生まれで、

今まで日本と

何の関係もなかった奥様は、

仏教の教えを通じて日本文化と

精神的なつながりを感じ、

それを一生の学びのテーマにしていると

話されました。

 

御主人のマークさんは、

ちょっとユニークなご自分の体験を

話してくれました。

ぶれる事なく自分の仕事を

続けてこれた根底になる体験は、

ビジョンクエストという

体験であるという事でした。

 

 

かれこれ20年前の事です。

 

まだ若手研究者だったマークさんは

自分の人生の目的は

何だろうという哲学的な問題に

心を悩ませていました。

 

海が好きだったマークさんが

選んだ海洋科学という専門分野でしたが、

学位を取った後、

政府レベルの環境問題の理解不足、

職場の足の引っ張り合い、

思ったよりうまく進まない研究テーマ、

更に高齢化する両親、

などなど、

何かしっくりこない、

何故か自分がわからない

そんな気持ちを持って

もんもんとしていた

毎日だったそうです。

 

そんな時、マークさんは

一か月ほどの夏季休暇を利用して

ワシントン州の山中で

アメリカネイティブに伝わるという

ビジョンクエストという

体験に参加する事にしました。

 

マークさんは、

実はその時、

ビジョンクエストが

一体何たるかを

正確に理解していたとは

言えませんでした。

 

ただ、ビジョンクエストを

体験をした同僚がいて、

参加後、

まるで人が変わったようになって

職場に戻って来たのを

覚えていました。

精神性の問題の

突破口を探していた

マークさんが

藁にもすがる気持ちで

飛びついたわけです。

 

ネイティブアメリカンの

多くの部族には

ビジョンクエストという

通過儀式(儀礼)が

伝わっています。

 

若者が大人になる前に

通らねばならない道で、

通過儀礼は

ネイティブアメリカンに限らず、

世界のあちこちの文化に

ある風習です。

 

日本でも昔、元服式がありましたし、

現代の成人式は

通過儀礼の一種と言えると思います。

 

ネイティブアメリカの

部族によっては、

荒野に飲まず食わずで

若者を一人置き去りにしたり、

奥深い山奥に連れて行って

ぎりぎりのサバイバル体験をする

過酷なものもあるようです。

 

それは幼児期を過ぎた子供が

一旦疑似的な死を迎え、

人生の目的を再確認して再生する

という意味を持つ

大切な儀式なのだそうです。

 

今まで、

自分の為だけに生きてきた若者が、

部族やグループなど

自分以上の目的を探す旅であり、

ビジョンクエストを
象徴的に「英雄の旅」と

呼ぶ学者もいます。

 

マークさんはその頃

40代の初めの中年で、

少年たちの為のビジョンクエストが

自分にどんな変化を持たらすのかは

未知数でした。

 

しかし、少し調べていくうちに

あるダコタ族の長老の

こんな体験談に巡り合いました。

 

 

「その日が来る何か月も前から

私は祈りを捧げました。

自分の心と体が過酷な旅に

耐えられる事を祈ったのです。

部族の長老たちやメディスンマンが

指導をしてくれました。

 

その日が来るとスエットロッジと

呼ばれる小屋に導かれました。

熱い石が焼かれ、

私は小屋の中で西側に座り、

東側に座った長老から

聖なるパイプを受け取りました。

 

東西南北にパイプを捧げ、

そこで鷲の羽根と

フランネルの布とを受け取り、

これからの精神の「旅」について

更に祈りを捧げました。

 

スエットロッジでは

水だけの断食が始まりました。

最後は水を飲むことも

許されませんでした。

 

その後長老が私を導き、

深い山の奥まで

1日半歩き続けました。

 

持って行ったものは

鷲の羽根と布と

聖なるパイプだけで、

話したり質問をする事は

許されませんでした。

 

長老が選んだ山の中の高台は

岩場で、樹木の向こうに

荒野が見渡せる場所でした。

 

私は長老の指示に従って、

そこに布を敷き、

四方向の地面に小さな

旗を立てました。

 

そして3日間

東西南北と天と地の

6方向に祈りを捧げました。

私はその場に座り続けました。

勿論飲まず食わずでした。」

 

ダコタ族の長老は

そこでスピリットからの

メッセージを待ったのです。

 

肉体的に極度の状態にある少年は、

象徴的な死を体験し、

「スピリットの声」、

「精霊の声」を聴いて

再生への道を歩む事が

出来るとされています。

 

身体の極限にあった

夢うつつの少年に

スピリットは、

動物や自然界の姿で現れ、

本来の生きる使命を

伝えてくれるのです。

 

この少年に示されたメッセージは、

フクロウのイメージでした。

 

 

何故生きるのか、

自分が存在する理由はなにか、

この生でどの役割を負って

行くべきなのか。

 

過酷なビジョンクエストを終え、

長老と共に戻った少年は

スピリットの声から

真の知識の解釈を受けます。

 

フクロウが示したメッセージは、

将来部族の長老となり

古代からの智慧を

部族に伝えていく事だと

理解します。

 

ダコタ族の長老の体験談は

そこで終わっていました。

 

 

マークさんは

科学者としての

訓練を受けたインテリで、

伝説や文化的な伝承に

尊敬は払うものの、

迷信などを

そのまま信じるタイプではありません。

 

しかし、その長老の話を読んだ時、

自分はこの体験をしなくてはいけない

と思ったのだそうです。

どうしてそう思ったのかは

今でもよくわかりません。

 

その話を読んでしばらくしてから

マークさんは

現代のビジョンクエストに

参加します。

ワシントン州の山の中での体験は、

準備期間を含めて

約一週間の体験でした。

 

生きる目的を探る人達は、

現代のビジョンクエストに参加して、

自分なりの答を見つけようと

するのです。

 

マークさんの参加したものは、

ネイティブアメリカンの

伝統的なものよりは、

勿論ずっと

安全性などを考慮したものでした。

断食は実行しましたが、

水分補給は許され、

必要があればトイレなども

行く事ができました。

 

夜はテントで寝る事も出来ました。

 

聖なるパイプに使われるらしい

麻薬などは一切使わず、

瞑想呼吸法とイメージを用いた方法で

これもまた安全性を考慮したもの

のようでした。

 

それが本来のネイティブアメリカンの

ビジョンクエストと同じかどうかは

マークさんにはわかりません。

 

しかし、数日間の断食の後に

荒野にテントを張り、

数日を過ごした

最後の晩の事でした。

 

テントの周りを

大きな動物が

動き回るような足音で

マークさんは夜中に目を覚ましました。

 

一瞬緊張しましたが、

恐怖心はありませんでした。

そして、テントの一番上の

透明なビニールの部分から

星空が見える事に気が付きました。

 

満天星の夜空でした。

 

動物の足音はすぐ消えて、

静寂が戻りました。

 

そして、突然

横になっていた自分の上に

大きな年老いた女性の顔が

見える事に気が付きました。

 

テントも星空も見えるのに

まるで黒板に

白いチョークで書いたかのように

老婆の顔も

輪郭がはっきり見えるのです。

 

マークさんは畏敬を持って

その老婆の顔を見つめました。

 

その顔は、

マークさんと

マークさんの周りとを

見降ろしているように見えました。

 

老婆は

マークさんを包み込むような

深いまなざしをしていましたが、

同時に

これ以上ないほどの

苦悩と悲しみの表情をしていました。

 

「地球が悲しんでいる」、

と、マークさんは思いました。

 

「ガイヤが悲しみを伝えている」、

海洋科学者のマークさんは、

どこからそんなことを考えたのか

わかりません。

しかし、深い理解がマークさんを

包んでいました。

 

僕たちを守っている

母なる地球が

心の底から悲しんでいるんだ。

 

地球の汚染を

海の汚染を

自然破壊を

ガイヤが憂えている。

 

その時、マークさんは

自分の人生の目的はこれだと

思いました。

生きている自分がいて、

その自分が

続けていくべき仕事は

これなんだ。

 

頭でわかったのではなく、

魂のレベルでそれが

分かったのです。

 

何も迷わず、

自分にできるスキルを持って

受けた教育と経験と研究をし続ける、

そして、

ガイヤの苦しみを少しでも

和らげる、

ガイヤの悲しみがわかる

次の世代を教育する、

それが自分の人生の目的だ。

 

それはとても深いレベルの

理解でした。

夢の中でありながら、

これ以上ないほどの

リアリティを持った

納得だったのです。

 

マークさんは

その時の畏敬の念を今でも

持ち続けていると言います。

そして、

それまでのもんもんとした

小さい個人の自分の悩みが

ガイヤの目から見たら

本当に小さいものである事に気が付きます。

 

自分の人生の目的の方向性を

はっきり示してくれた

そのビジョンが、

たとえ自分の勝手に作り上げた

イメージに過ぎなかったとしても

自分と深くつながっている事を

理解しました。

 

その時から

大学という場で

海洋科学という分野で

仕事を続けていく事の責任と自信を

感じました。

その気持ちは、

今でも少しも変わらず

強く感じているのだそうです。

 

たぶんもう60代近い

大学教授のマークさんは

多くの学生を教育し

全米でもトップの尊敬を受けている

海洋科学者です。

 

そのマークさんが話してくれた

このビジョンクエストの体験談は、

コーチングを受ける方がたに

是非聞いていただきたいお話だと

思いました。

 

自分の存在意味が分からず

苦しんでいる方が

多くいらっしゃいます。

 

「自分の存在の意味」なんて、

難しく聞こえるテーマです。

でも、

実は自分のすぐ手元に

その答えがある事が

多い事に気づかされます。

 

マークさんのように

山の中のビジョンクエストに

わざわざ出かけて行かなくても、

毎日の生活の中に

答があるのかもしれないと思います。

 

それを「精霊の声」と呼んでもよし、

「内なる魂の声」と呼んでもよし、

単に「本当に好きな事」

「本当にしたい事」と

呼んでもよし。

 

私たちにできる事は

ほんの少し自分との時間を取って、

その声に耳を傾ける事なのでは、

と思います。

 

それが見つかった時、

ガイヤも、

私達の為に喜んでくれるのではないか

と思うのです。

#86 心に届く言葉

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私たちの心は目に見えません。

でも、

私たちは誰でも

心が痛むという事を知っています。

 

大切な人を失った時、

裏切りを経験した時、

大きな失望に出会った時、

 

心が苦しい

心が病む

心が痛む

心が壊れてしまう、

そういった感覚は

頭だけではなく、

体の細胞の一つ一つと

「私」という自我全体が

同時に感じるように思います。

 

精神、神経、メンタル、心療と

いろいろ名前がついていますが、

見えない心が、頭や体に

とても強い影響を与える事も

私たちは経験から知っています。

 

 

心が体に影響する事を

そして、言葉が心に届く時

心と体が一つになる事を、

身を持って体験したある一人の女性の

お話をしたいと思います。

 

このアメリカ人女性、クリスティンさんは

まだ大学生の時、

不思議な発作にみまわれました。

 

始めは言葉がもつれて

頭がボーっとするという経験から始まりました。

 

足がふらついて

ちょっと変という症状も出ました。

 

うまく立てない、

うまくバランスや姿勢が保てない

立ち上がっても、

足がふらふらして

座りこんでしまいます。

 

ストレスだろうという医者。

栄養や睡眠の改善をアドバイスする医者。

いろいろな専門家が

あらゆる検査をしても

体そのものに異常はないというのが

結論でした。

 

そのうち、麻痺や痙攣が悪化し、

一日に何度も地面にばったりと

倒れてしまうようになり、

外出時にはヘルメットを

かぶらなければ、

危なくて学校にも

行けなくなってしまいました。

 

やがて、うまく声が出せない

話していても

自分の声のような気がしない、

集中力も散漫になり、

次第に

何もしないのに体の左側だけが

ひきつけを起こすようになりました。

 

原因がわからないばかりか

不思議な症状も

なかなかよくなりません。

 

骨筋力をつかさどる

随意運動機能が、

自分でコントロールできるはずなのに、

異常をきたしてしまったのです。

 

 

有名な専門病院で診てもらった所、

クリスティンさんの体は

「転換障害」という病気である事が

分かりました。

 

体は問題がないのに、

心の病が体に影響を与える病気です。

心のストレスが転換されて、

体に出るという事で付いた名前だそうです。

 

病気の名前が分かっても

症状が緩和するわけではありません。

大学の授業にも

満足に出席できなくなった

クリスティンさんは、

ついに大学を中退。

引きこもりの為

自殺未遂までしようと考えます。

 

 

実はクリスティンさんは、

この病気が発病する数年前

大の仲良しだった一歳違いの

お姉さんを、交通事故で亡くす

という悲劇を経験していました。

 

酔っ払い運転による事故で

お姉さんのベサニーさんは

ある日突然

若い命を絶たれたのです。

 

事故のあったその晩、

寝ていたクリスティンさんを

起こしたお父さんが、悲痛な声で

「ベサニーはダメだった」

と一言だけ、伝えました。

 

青天の霹靂そのものでした。

 

たったこれだけの言葉は

クリスティンさんの心を

奈落に突き落とすのに

十分だったのです。

 

しかし、急死したお姉さんのことを

クリスティンさんは

忘れようと努力しました。

忘れようとすればするほど

事故の事、

お姉さんが感じたであろう苦痛が

クリスティンさんを

自分の事のように苦しめました。

 

 

お姉さんのベサニーさんの葬式も済み、

大学に入って普通の生活を

取り戻したように見えた数年後に

クリスティンさんは

この病気を発病しました。

 

クリスティンさんの心は、

壊れてしまっていた事を

認める事ができずにいたので、

体が心に代わって

クリスティンさんの

心の苦しみを

表面化させようとしたようです。

 

転換障害とは

心的外傷後ストレス障害(PTSD)と

併発する病だそうです。

 

人間の心はショックを受けると

脳がシグナルを出して

呼吸を早めたり

発汗を促したり

心拍数を早めたりします。

 

ショックのレベルがもっと高いと、

一時期

目が見えなくなる、

声が出ない、

耳が聞こえないなどの

極端な体の反応を起こす場合もあります。

 

クリスティンさんは

体の病気が出て始めて

心がどんな体験をしたかを見つめる事が

できるようになりました。

 

お姉さんの死のその夜の苦痛を

家族や自分が感じた苦痛を

全て自分の心の苦しみとして

無意識に深く体験してきていたのです。

 

つまり、頭で終わった事と納得していても

心は、または潜在意識と言い換えてもいいと思いますが、

納得していませんでした。

 

心はその事故時の苦しみを

何度も何度も繰り返し感じていたのです。

 

ちょうど、壊れてしまった

おもちゃのお猿さんように

同じ所をぐるぐると回っていたのでした。

 

クリスティンさんは

杖や車いすの生活は一生続くだろうと

覚悟をしますが、

ある日お父さんに連れられて

ある催眠療法の先生の元を訪ねます。

ダメで元々と思ったのです。

 

ジョン・コネリー先生という

名前の療法師の先生でした。

コネリー先生はトラウマからの回復を

専門にしている催眠療法師です。

 

催眠療法は、たった一回の施術でも

深い意識に到達する事ができると、

回復が可能になる事があり得ます。

 

それは一見不思議なミラクルに思えるのですが、

脳と体と心が一致する事で

十分あり得る事なのです。

心に言葉が届くと

心にうごかされていた体は

言う事を聞いてくれるのです。

 

そこでクリスティンさんは

コネリー先生から

心に届く言葉を受け取りました。

 

「お姉さんの苦しみはね、

もう存在しないんだよ」

 

お姉さんはこの世には存在しない。

心えぐられるような悲しい事実です。

 

しかし、残されたクリスティンさんの心が

納得しなくてはいけなかった事は、

事故による苦しみも、また

もう存在しない、という事でした。

 

 

頭でわかっていても、

この事実を心が受け入れていなかったため、

体と心が、ショックを受けた時と同じ反応を

何度も何度も、繰り返していたのです。

 

催眠療法は、心に届く言葉を

頭ではなく、

心に一直線に届かせる事が

できる方法の一つです。

 

苦しみはもう終わった。

もう存在していない、

この言葉が心に響いた時

クリスティンさんの痙攣が収まりました。

 

麻痺していた手足も

ぼやけていた視力も

回らずにいた呂律も

戻ってきました。

まるで頭の上にかかっていた真っ黒な雨雲が

サーと吹いてきた風に

一気に吹きさらわれたような感覚でした。

 

クリスティンさんは

コネリー先生の診察室をでて

お父さんの待つ待合室に歩き始めました。

車いすで運ばれた娘が

ドアを開けて歩いて出てきたのです。

 

「お父さん、私はもう大丈夫」

クリスティンさんの爽やかな目が

そう語っていました。

しっかりと立ち上がって

クリスティンさんはお父さんを見つめました。

 

ベサニーさんの急死に次いで

下の娘も失いかけていたお父さんは、

待合室でむせび泣いたそうです。

しかしそれは

感謝と希望の涙でした。

 

娘の心が必ず強く戻ってくるはずと

信ていたお父さんの涙でした。

 

 

勿論、

クリスティンさんの体験したような

ミラクルが催眠療法で全て起こるとは

限りません。

心に届く言葉と

その言葉を受け取る心が

そしてその心の声に呼応する体の

微妙な一致が必要です。

しかし、

人間が人間の心の強さを信じる時、

心が大きく開いて

智慧のある言葉を

受け入れる事ができる時、

そんなミラクルも十分あり得るということは

素敵な事だなあと思うのです。

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