#79 亜麻色の髪の乙女
私のヨガの先生で、
モデル級美女、
抜群のスタイルの
マーサ先生という方がいます。
サーフィンや
パドルボードもこなす女性で、
こんがり焼けた肌に
波打つ長い髪、
豊かな胸としなやかな手足、
ハワイの女神とは
こんな女性の事を
いうのではと思わせる
女性の私でもうっとりの
南国風「亜麻色の髪の乙女」です。
なんでも
ポルトガルと白人、
フィリピンとインド
さらに中国系マレー人が混じった
エキゾチックな容姿。
ヨガポーズで逆さになったり、
頭の後ろに
膝が曲がるようなポーズでも、
いつもにこやかで、
呼吸も乱れない様です。
いいなあ、
あの美しくくびれた腰よ!
私は密かに、
あこがれておりました。
容姿が美しいだけでなく、
暖かい目と親切な教え方、
そのせいで、
マーサ先生のクラスは
いつ行っても満員です。
女性が多いヨガクラスですが、
マーサ先生のクラスだけは、
高校生の少年から、
60代70代の男性の参加者も
所狭しの大人気です。
ハワイの私のお気に入りの
ヨガ道場はいつも
前と後ろのドアが開けっぱなし。
パパイヤや椰子の木の間を
そよそよと貿易風が通り抜け、
こちら側ではお天気でも
あちら側のドアの外はお天気雨
等という事も珍しくありません。
遠くの潮騒の音が聞こえ、
ヨガと呼吸を練習する
私達の周りで
なんとも穏やかに時間が
流れていきます。
さて、
このポッドキャスト(メールマガジン)でも
お話しましたが、
いっとき私は、
近所のコミュニティカレッジで、
サブスタンス・アビューズの
カウンセラーになる訓練を
受けていました。
サブスタンス・アビューズ・カウンセラーとは、
つまり、薬物覚せい剤依存症の
カウンセリングのお仕事です。
昼間の仕事が終わった後、
夜間のクラスに通い、
元中毒患者だった人達とも、
机を並べて
勉強する機会に恵まれました。
これはハワイのローカル達の
違った面に触れることのできた
貴重な機会でした。
始めてのクラスで右隣だったのは、
体じゅう入れ墨だらけの
20代の男性でした。
3か月前刑務所から
出所したばかり、
ただいま保護観察期間中という
ベビーフェースのポリネシア人です。
とにかく薬物や麻薬に詳しくて
テキストで習う正式名以外、
次々と「専門家」の使うニックネームも
沢山教えてもらいました。
具体的にどの街角で
どのように購入するかなど、
裏話も教えてもらいました。
左側に座っていたは、
薬物依存撲滅を目指す
40代の主婦の方でした。
大工さんだった御主人が、
怪我のための鎮痛薬から
アヘン中毒になってしまい、
依存が高じて最後は
命を落としてしまったという方です。
クラスを教えてくれていた先生も
実は昔、
薬物の元患者だったという方で、
薬物がハワイの人の生活に
深く浸透している事に驚きました。
自分には関係ないと
思っていた薬物依存症が、
実はもっと身近にあることや、
どの人でも、
ちょっとした機会があると
なり得る状態だと
学ぶことができました。
そのクラスでは、
クラス内での討論だけではなく、
外に出て、
ハワイの実情を見るべく
野外必須学習が含まれていました。
この野外学習の一環として、
毎週金曜日の夜には
ナルコティクス・アノニマス
(NA:Narcotics Anonymous)
という組織の集会にも、
通い始めました。
NAはあえて訳すと
「匿名の薬物依存者たち」
とでも訳せるでしょうか。
ハワイは、アルコール、マリファナに次いで、
クリスタル・メスと呼ばれる
中枢神経興奮剤の
覚せい剤常用者がとても多いのです。
NAの集会に行くと、
その煉獄のような中毒生活を、
涙ながらに語る
患者や元患者が沢山いました。
隣の奥さん、
公園にいる老人、
普通の大学生、
人種も日系人、
白人、サモア人、中国系、
ハワイのどこにでもいそうな人達、
決して特別な人達ではないのです。
依存症が高じて
非合法の薬物を入手する為、
窃盗や盗難など
犯罪の道に走る人がいるのは、
本当に悲しいことです。
ある金曜日の7時、
私はいつものように、
NAグループに
ゲストとして参加しました。
元中毒者でなくても、
家族、友人、
私のようなカウンセラーの卵などが、
ゲストとして参加できます。
谷の奥に位置するある公立小学校の
教室を借りた会場では、
その夜もう7-8人集まっており、
前回参加してからの事などの
近況報告から
会合が始まりました。
皆にこやかですが、
呼び合う名前は
ファーストネームだけ。
どんな仕事をしているか、
どこに住んでいるかなどは、
一切話さず、
問われる事もありません。
もう17年も薬物には手を出していない、
でもまだまだ毎日がチャレンジだ
というベテランから、
先月から薬物使用を止めたばかり、
やっとひと月を過ごす事ができた
という人もいます。
始めて一週間「クリーン」だという人に、
参加者達は
「よくやった、その調子だ、頑張れ」と
拍手やエールを送ります。
会合が始まってからしばらくして
遅れて入って来た女性を見て、
私ははっと息をのみました。
長い亜麻色の髪、小麦色の肌、
モデルのようなスキッとした姿勢、
私の大好きな
マーサ先生ではありませんか!
先生も私に気が付き、
にっこりと笑って軽く頷きます。
グループ内の近況報告で、
マーサ先生の番がきました。
「私は今月で
3年と8か月クリーンです。
ヨガをする事、
ヨガを教えることが
中毒と闘う方法です。
私と一緒に
ヨガの鍛錬をしてくれる
生徒たちの為と思って、
一日一日クリーンな生活が
できるんです」
堂々と、
自分が中毒者であったことを
隠しもせず、
グループの前で発表するマーサ先生。
十代の頃の拒食症から
いつか薬物に助けを求め、
気が付いたら
中毒症になっていた経歴を
淡々と話します。
中毒は
ただ意志の強弱の問題ではなく、
脳の病気でもあるのだという認識。
「助けを求める事は
決して、
弱いことではないと分かってきました」と
誠意のこもった声で発表するマーサ先生。
ただの恰好のよい
ヨガインストラクターではなく、
一人の人間として、
弱さや苦悩を
はっきり認めることができる女性である
という事が、
その正直な一言一言から
伝わってきました。
ああ、だからあんなに輝いて見えたんだ。
私は先生の話を聞きながら、
ヨガクラスにいる時とは違う
もっと深い感動を受けていました。
本当の恰好の良さは、
腰の括れや
ヨガのポーズではなかったんだ。
自分が苦しんできたことが
他の人の苦しみも理解できる気づきになり、
自分の弱さが
人の弱さを受け入れられる
力になっていると、
マーサ先生は言いました。
それを聞いていた
一ダースほどのNAの人々は
「うん、うん」と
うなづいていました。
サブスタンス・アビューズの
勉強を続けていて、
ハワイで多くの素晴らしい人達に
会う事ができました。
それは、けっして
名声がある、
素敵なbeachハウスがある、
ユニークな事をしている
という意味の
素晴らしさではありません。
ほとんどが名もない人びとで
ほとんどの人が問題を抱えた
普通の人びとです。
素晴らしさは
その人達一人一人が苦しんでいる事。
でも、その苦しみを乗り越えて、
人の苦しみにも心を開いている事。
自分の苦しみも
人の苦しみをも
少しでも癒そうとしている姿の
素晴らしさでした。
貴女や私でもきっといつか
目標にできそうな
素晴らしさです。
南太平洋のパラダイスに暮らしていても、
人間の葛藤や苦しみは、
やっぱりどの町、どの国とも
同じようにあるのだなあと思います。
でも、もし犯してしまった間違いなら、
その間違いを認め、
その問題に一日、一歩ずつ
取り組む人達に会う事で、
本当の人間の強さのようなものを、
垣間見ることができていると思います。
古代の先人から包み込む
ハワイの自然は、
ここで苦しむ人達をも、
しっかり包む包容力に溢れています。
マーサ先生が
肩にかかった亜麻色の長い髪を
後ろにサラリとよけて、
少しキリっとした表情で、
「教える事で自分と闘っています」
という時、
これが本当の
ヨガの「戦士のポーズ」だな
なんて
わたしは心の中で思ったりしたのでした。