#119 あなたは一つの庭です
一人の若者が、
北カリフォルニアで行われた
ベトナム戦争帰還兵のための
リトリートに参加しました。
その若者はまだ
20代後半か30歳くらいの
無口な青年でした。
多くの戦友を失い、
片方の耳が爆撃音で
やや難聴になりましたが、
体は奇跡的に
無事に帰ってきました。
しかし、
眠れない
不安症
いつも警戒や緊張状態
と言う
心の病気を持って
帰ってきました。
その頃はまだあまり
使われていなかった言葉ですが
P T S D (心的外傷後ストレス障害)を
患っていたのでしょう。
リトリートで
歩く瞑想中も
他の人たちとは何メートルも離れ
距離をとって歩きます。
万が一、待ち伏せがあっても
いつでも逃げ出せる様に
していたのです。
寝る時も自分のテントの周りに
ブービートラップの様な
仕掛け装置を取りつけます。
物理的には何千マイルも離れ
安全な本国に帰還したのに、
心はベトナムに置いてきて
しまったのです。
この若者は、
戦地で、
人にはとても言えない、
経験をしてきました。
母親に少し話したことはありますが、
「戦争だもの。
お前だけが悪いんじゃない」
と、母親は、
苦しそうに答えただけでした。
戦火のベトナムの
山間の貧農村でのことでした。
米軍にとっては
危険地区を偵察中、
ゲリラの待ち伏せ攻撃で
仲間が全員殺戮されたのです。
あっと言う間のことで
仲間の遺体を運ぶ
余裕もありませんでした。
若者は悲しみと怒りで
いても立ってもいられず
復讐を誓います。
軍配給の美味しそうな
アメリカの白いパンで
サンドイッチを作り、
その中に爆弾に使う毒物を
入れ込みました。
袋に入ったサンドイッチを
仲間を殺した村に運んで
密かに木の下に置いてきたのです。
その村の人間を一人でも多く殺し
仕返したいと思ったからです。
村の子供たちがやってきて
そのサンドイッチを
もぐもぐと食べ始めました。
しばらくすると
5人の子供たちが
毒物で苦しみ、
泣き叫びながら死んでいく様を
若者は陰から
じっと見てしまいました。
子供たちを助けようと
大人が集まってきましたが、
もう手遅れで何もできません。
若者は故郷に帰還しても、
ぐっすりと眠ることは
できなくなっていました。
5人の子供たちが
若者の部屋にやってくるのです。
亡霊ではなく、
本当にそこにいて、
サンドイッチを口に頬張ったり
泣いたり
苦しんだりするのです。
若者が参加したのは、
著名なベトナム人禅僧の
ティク・ナット・ハン師が
米人復員兵のために開催した
リトリートでした。
アメリカに亡命してきていた
ベトナム人たちも
参加していました。
ティク・ナット・ハン師は
心を深く傾けて
若者の話を傾聴しました。
若者の悔恨の膿んだ心から
真実が迸り出ました。
ご存知の方も多いと思いますが、
ティク・ナット・ハン師は、
行動する仏教を提唱し
難民救済、
非暴力とマインドフルネスを
広めている人権運動家でもあります。
アメリカの人種差別反対の
運動家キング牧師にも
深く影響を与えたと聞いています。
ベトナムが
フランスからの
独立戦争を戦っている頃
16歳で出家しました。
禅院の中の修行のみに
止まらず、
苦しむ人々のために行動をする
と決心した師は、
後に「アメリカ戦争」中、
(と、ベトナムの人々は呼びます)
尊敬するティク・クアン・ドク高僧が
反戦の焼身自殺をするのを
目の当たりにします。
同胞が拷問を受けたり
ベトナムの村が全滅され
攻撃を加えたアメリカ将校が
「我々はベトナム人を共産主義から守った」
と高らかに言い放った時、
どこに向けていいか
分からない程の怒りを
覚えたと言います。
やがてフランス人も
アメリカ人も
共産主義者も
本当の敵ではないと気がつきます。
本当の敵は、
心の中の憎しみ、怒り、
差別、傲慢さ、貪欲。
「私は
どうして良いか分からないほどの
激しい怒りを、
優しさいっぱいに
抱きしめました」
慈悲の心のティク・ナット・ハン師が
後に、語った言葉です。
ニューヨークの世界貿易センターが
テロの標的になり、
何千人もの人が亡くなった数日後、
師はマンハッタンのリバーサイド教会で
許しと非暴力の
講演を行いました。
世界同時多発事件の後、
アメリカ議会で
慈悲の瞑想指導もしたそうです。
ティク・ナット・ハン師の
提唱する仏教の形は、
日本語では
社会参画仏教といわれ、
差別、地域、福祉などの
社会問題に積極的に取り組む
実践の仏教とも言われています。
師は自分と同じ国の
子供達を
無残にも毒殺した元アメリカ兵を
じっと見て言いました。
「あなたが5人の
罪のない子供達を殺したことは
あってはならないことだった。
しかし、その5人はもう戻らない。
あなたは
5人を救いなさい。
世界中に、今、
あなたの助けを必要とする
何千、何万の子供たちがいる。
健康になる薬を一錠届けることも、
マラリアにならない様に
虫とりのネットを一本届けることも、
飢えた赤ん坊に
哺乳瓶を一本届けることもできる。
子供達を救う道は
たくさんあるのに、
あなたは、
自分を嫌悪することに
時間を費やしている。
さあ、行って、
5人を救いなさい。
次の日には10人を
その次の日には15人を救いなさい。
5人の子供を殺した
その若者は、
その後しばらくしてベトナムに戻り、
孤児の世話や学校や村の再建活動に
従事したと言う
記述がネットに載せられていました。
ティク・ナット・ハン師は
学者でもあり、活動家でもありますが、
人の心の痛みへの
あふれる慈悲を言葉にする
詩人であることでも知られています。
「あなたは、ひとつの庭です。
この庭に帰ってきて、
よく良い種だけに
水をやる方法を身につけて、
落ち着き、安らぎ、希望、喜びに満たされます。
そうして初めて
他の人の庭の手入れを
手伝うことができます。
まずは、自分自身に立ち帰って、
自分の庭を手入れします。
それが一歩です。
自分の庭の手入れを身につけて、
相手も自分の庭を美しくできるように
手伝ってあげてください。
すると相互理解が生まれます。
深く心を分かち合うことができます」
この文章は詩の形を取っていませんが、
私には
詩の様に心に響きます。
頑なな固まった土を掘り
ほっこりした心の庭の土に
春の花が蕾を持つ有様が
見えてくる様です。
実は私もその昔、
ティク・ナット・ハン師の
書いた一つの詩に
救われたことがありました。
もちろん、
上記の若者の様な
過酷な試練を通った訳では
ありません。
でも、
私なりに苦しい辛い思いをして
怒りと不安と苦しみに
どうにもならない日々を
過ごしていた頃のことでした。
師が言う様に、
私は自分を傷つけたものへの怒り
という敵と
どう戦っていいか分からず
途方に暮れていました。
「私を本当の名前で呼んでください」
と題されたその詩は、
タイの海賊に強姦を受け
身を投げて死んだ
ベトナムの難民の少女のことを
書いた手紙を受け取った後、
師が綴ったと言われている詩です。
師は、その手紙を読むと
両手で顔を覆い、
深い瞑想に入ったそうです。
「私を本当の名前で呼んでください」
Please Call Me by My True Names
私が明日発つと言わないで
なぜって いま
もうすでにここに着いているのですから
深く見つめてごらんなさい
私はいつもここにいる
春の小枝の芽になって
新しい巣でさえずりはじめた
まだ翼の生えそろわない小鳥
花のなかをうごめく青虫
そして石のなかに隠れた宝石となって
私はいまでもここにいる
笑ったり泣いたり
恐れたり喜んだりするために
私の心臓の鼓動は
生きてあるすべてのものの
生と死を刻んでいる
私は川面で変身するかげろう
そして春になると
かげろうを食べにくる小鳥
私は透きとおった池で嬉しそうに泳ぐ蛙
そしてしずかに忍び寄り
蛙をひと飲みする草蛇
私はウガンダの骨と皮になった子ども
私の脚は細い竹のよう
そして私は武器商人
ウガンダに死の武器を売りに行く
私は一二歳の少女
小さな舟の難民で
海賊に襲われて
海に身を投げた少女
そして私は海賊で
まだよく見ることも愛することも知らぬ者
私はこの両腕に大いなる力を持つ権力者
そして私は彼の「血の負債」を払うべく
強制収容所でしずかに死んでいく者
私の喜びは春のよう
とても温かくて
生きとし生けるものの
いのちを花ひらかせる
私の苦しみは涙の川のよう
溢れるように湧いては流れ
四つの海を満たしている
私を本当の名前で呼んでください
すべての叫びとすべての笑い声が
同時にこの耳にとどくように
喜びと悲しみが
ひとつのすがたでこの瞳に映るように
私を本当の名前で呼んでください
私が目覚め
こころの扉のその奥の
慈悲の扉がひらかれるように
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-671.htm
この詩を読んだ時、
私は、
強姦され身を投げた少女だけではなく、
傷つけた海賊が自分だ
と語る詩の言葉に衝撃を受けました。
「私は海賊で
まだよく見ることも
愛することも知らぬ者」
世の中には
こんなふうに
傷つけるものを
理解し、受け止め、
愛を与えることが
可能と思う人がいる
と、そのことに深く感銘を受けたのです。
「私には、とっても無理無理」と思いつつ、
私の怒りと苦しみは
この言葉を読んでから
いつしか、太陽の下の氷の塊の様に
溶けていってしまった気持ちがしました。
今は、世界中が病んでいます。
苦しみと
悲しみと
憎しみと
猜疑心と
不安と。
私たちの庭は凍結した
冬の庭の様です。
まだ見ることも
愛することも知らない
海賊の心の様に
閉ざされてしまっているようです。
でも、あるのです。
方法が、あるのです。
ティク・ナット・ハン禅僧が
いう様に、
「私とあなたとを
本当の名前で呼ぶこと」
それは私もあなたも一つである
と気が付くこと。
傷つき苦しむ者も
傷つけ苦しませる者も
「私」であることを
想い出すこと。
心の目を目覚めさせることで
こころの扉のその奥の
慈悲の扉を開くこと。