#112 スワンソング
生涯鳴かない白鳥は、
死ぬ間際に一度だけ、
スワン・ソング
を歌うという
言い伝えがあります。
死に瀕した白鳥の歌は、
最後であるだけに
心を揺さぶるような
美しい歌であるというのです。
フランツ・シューベルトの
セレナーデ「白鳥の歌」は、
多くの方がご存知のメロディだと
思います。
「スワン・ソング・プロジェクト」
という名前のプログラムを
始めたイギリス人の
ベンさんという方がいます。
英国北部、
ブラッドフォードという
羊毛産業が盛んな町の
あるホスピスで
数年前に始まった
プログラムです。
始めたのには、
こんなきっかけがあったからでした。
「アルツハイマーだった
お祖母ちゃんが死んだんです。
ホスピスにいたお祖母ちゃんは、
食べ物はチューブから
トイレは大人用のオムツ、
僕らが行っても、
誰が来たかも
全然わからなくなっていました。
元気な頃、
あんなにいろいろな歌を
歌ってくれた
お祖母ちゃんだったのに。
亡くなる少し前のことです。
おじさんと二人で
お祖母ちゃんの
病室を訊ねました。
僕らはベッド脇にすわり、
ギターを弾きました。
僕の仕事は
シンガーソングライター。
ギターさえあれば、
どこでも歌える商売です。
おじさんもなかなかのシンガー。
家族が音楽好きなのは、
お祖母ちゃんの
影響かもしれないですね。
お祖母ちゃんが好きだった歌を
歌っていると、
植物人間に近い
お祖母ちゃんの表情が
変わったんです。
無表情だった顔が、
気のせいか、
僕らの音楽を
じいっと聴いているように
見えました。
そして、
不思議な事が起こりました。
お祖母ちゃんの人差し指が、
僕らのギターに合わせて
拍子をとり始めたんです。
シーツの上の人さし指が
ぴょんぴょんと
動いているんですよ。
そのうち他の指も
一緒に動き始めて。
そして、
お祖母ちゃんの唇も
歌っているように
動き始めました。
お祖母ちゃんはそれから
少したってから
亡くなったんですが、
あの時の事が忘れられませんでした。
お祖母ちゃんの歌を
録音しておけばよかった、と。
(#3)
アルツハイマーの人でも、
死に瀕した人でも、
音楽は
人の心に届くんだっていう事が
心にしみました。
僕はホスピスで
亡くなって行く人達に
音楽を聞かせるボランティアを
始めました。
始めはギターを弾いて
歌って聞いてもらうだけでした。
でも、言いたい事があっても、
言えないでいる人がいるって
気が付きました。
家族に心配させたくない、
愛する人達の
負担になりたくない、
そういう気持ちから
言いたくても
言えない事があるんですね。
言い残したことも
面と向かっては言いにくい事も。
僕はそれを歌にしたら
どうだろうと考えました。
正直な気持ちを詩にして、
伝えたい事を歌詞に書いて、
僕が音楽を付けて
歌ってもらおうと
考えたんです」
白鳥のように
最後に歌う美しい歌、
ベンさんはそれに
スワンソング・プロジェクトと
名前を付けました。
音楽や作曲などとは
ほとんど関係ない
生活をしていた人、
歌詞なんて、
書いたこともない人、
歌うなんて無理無理と
尻込みしていた人も、
ベンさんと一緒に
少しずつ歌を作り始めました。
一回で歌ができる事もあれば、
何度か通って
できる歌もありました。
自分の人生のメッセージを
ソングにして、
録音して、
CDを作り、
ホーム頁に載せる、
CDは家族や友人に配られたり、
一般の人に
聞いてもらう事も出来ます。
「私は癌で死んでいくんじゃないのよ。
私は癌ともに最期の日まで
生きていくの」
末期癌の患者さんの書いた歌です。
「大変な事も失敗も沢山あった。
でも、大丈夫、
これでいいんだよ
これが私のストーリーなんだからね」
ある患者が
子供たちに残した歌です。
筋肉が萎縮する
運動ニューロン病のアレンさんは、
元教員でした。
あまり感情も出さないタイプで、
音楽音痴。
体が次第に硬直していく病と
闘いながら、
「We can do this!
We can do, do, do this!」
(出来るよ、きっと出来る)
という歌を作りました。
奥さんと3人の子供たちに
贈る歌です。
言葉で言えない事も、
歌にするとすらすらと
出てきました。
アレンさんの声は、
ちょっと音が外れたり
しているのに、
聴く耳に
力強く響く声です。
さようならの言い方には
いろいろありますね、
と、ベンさんが言います。
歌の内容も人によって違います。
でも、一つ共通する点は、
悲しみの歌はないという事です。
僕たちミュージシャンも
人生の意味がみつからない時に、
歌を作る事があります。
大切なものを失った時
歌に託して
勇気をもらう事があります。
患者さん達が残していく歌も、
同じです。
どの歌も、とてもスペシャル、
その人の大切な意味が
表現されています。
ベンさんのギター伴奏で、
歌なんて歌った事もない人が
「この歌はお葬式で
皆に聞いてもらえるね」
と嬉しそうに表情を明るくし
マイクに向かいます。
瀕死の白鳥が
最後に本当に
美しい歌を歌うのか、
誰にもわかりません。
もし、
そんな歌が本当にあるとしたら、
きっとそれは、
私達に生きる意味を
伝えようとしてくれる
スペシャルな歌なのでしょう。
ベンさんのお祖母ちゃんや、
ホスピスの患者さん達が
最後の歌として
歌ってくれたように。
スワンソングプロジェクトの歌声は
こちらのリンクから聴くことができます。
https://soundcloud.com/swansongproject/song-for-ginny