#110 あるマッサージ師のストーリー
古式タイマッサージは、
生命の科学と呼ばれる
インドの伝統医学
アーユルベーダから
発生したそうです。
古くから伝わる
タイマッサージでは、
マッサージ師と顧客が一体となり、
ヨガに近いポーズをとりつつ
全身施術をする事もあるため、
「二人ヨガ」と
呼ばれているのだとも
始めて知りました。
タイのチエンマイを訊れた折、
伝統的タイマッサージの
施術を受ける
機会がありました。
2時間以上かけて、
じっくりとしたボディケアと共に
心のケアまで
してもらったように思います。
私に施術をしてくれた
マッサージ師ボーンさんは、
40代後半の
どっしりタイプのタイ女性でした。
肩も腕もなかなかの筋肉質、
体全体で覆いかぶさるような
力強いマッサージ、
しかし、
肝っ玉母さんの手に
しっかりと掴まれているような
心が休まるひと時でした。
大部屋施術場を見渡すと、
マッサージ師は
同色のユニフォームを着て
ボーンさんのような体形もいれば、
ほっそりと少女のようで
こんな人でも
力強いマッサージが
できちゃうんだなと
思わせる人もいました。
東洋思想に基づく
タイマッサージでは、
肩が凝る、
腰が重い、
などと言う場合でも、
局部的に患部の施術を
するのではなく、
リンパと血液の流れから
体全体の体調改善をするそうで、
頭からつま先までの施術です。
施術をする施術師も
受ける本人も、
一種「無我の境地」に
達する事もある、という事で、
これは、
自律神経を刺激し、
アルファ波を出す効果の
為だそうです。
アルファ波は
瞑想中に出る事が多い脳波で、
潜在意識に達しやすく、
緊張をほぐしてくれる
脳波なのだそうです。
受ける方だけでなく、
する方の施術師も
健康効果がある
というのですから、
他の種類のマッサージにはない
相乗効果がある点では、
確かに二人ヨガの別称の
由来が分かる気がします。。
マッサージのメッカである
タイで、
わざわざ、ボーンさんの勤める
マッサージセンターを
選んで行く事にしたのですが、
それには、わけがありました。
場所は、
寺院の古都チェンマイでも
特に有名なワット・プラシン寺院、
そのお寺の傍の
こじんまりとした
マッサージセンターです。
待合室は4人も座れば
きつきつ。
そこは、
「女性矯正施設職業センター」付属
「タイマッサージセンター」、
簡単に言うと、
元囚人だった女性たちがマッサージを
してくれる場所です。
何を好き好んで?
とおっしゃる方も
いらっしゃるかもしれません。
最近、ハワイの刑務所で
ヨガを教える教授訓練を
受けたばかりの私は、
刑期を終えた、
いわゆる前科のある人々が
社会復帰をするのが
とても難しいと学んだばかりです。
タイで行われている
元女性囚の支援というその趣旨に
興味をそそられたのと、
どんな人が
施術をしてくれるのだろうと
好奇心も沸きました。
タイの女性刑務所は、
狂暴な犯罪者は大変少なく、
8割以上が
麻薬関連の刑期に服す人たち
なのだそうです。
多く貧困家庭に育った人々にとって
タイ語で「ヤバ」と呼ばれる
アンフェタミンや、
コカイン等の麻薬売買は
手っとリ早い収入源。
特に貧農、山村の
少女たちにとって、
悪い事とわかっていても、
麻薬からの収入は
家族をささえるためのお金です。
タイ語が分からない私との
言葉の違いもあり、
ボーンさんの話は
直接聞けませんでした。
しかし、
「典型的」な境遇として
ギンカン・ムアングウィライさん
という女性の境遇を
センターのパンフレットで
読むことができました。
ギンカンさんの初犯は
18歳の時。
最初は一年の刑でしたが、
犯罪を繰り返すうちに
12年間の刑期をうけ、
恩赦があって実質6年少しを
刑務所で過ごしました。
アメリカや日本で
想像するのと違って、
タイの女性用の矯正施設は
何十人もが雑魚寝状態、
湿気が高く、
人口過密なため
かなりの劣悪な環境
であるのだそうです。
キンガンさんは、
出所している間に結婚し
子供ももうけましたが、
麻薬の中毒にもなっていて、
やはり売買も続けざるを得なくなり、
結局6回も出たり入ったりを
続けることに
なってしまいました。
刑期中は、
子供たちは親戚が育て
お母さんは外国に
出稼ぎに行っていると
言い聞かしたそうです。
ボーンさんや
ギンカンさんのような女囚は、
刑期を終える前から、
洋裁や刺繍を習ったり、
マッサージ師の訓練を受けたりと
一生懸命
社会復帰の努力をします。
しかし、一旦前科という刻印が
押されてしまうと、
雇ってくれる人が激減するのは、
日本もタイもアメリカも
一緒です。
仕事がなく、
経済的に自立できなければ、
出所しても
また悪行に走り、
刑務所の出入りを繰り返すのが
女囚たちのパターンなのです。
「元女囚によるマッサージセンター」は
5年前の2014年に
タイの労働省に働く
職業訓練専門の役人
チュニャヌン・ヤジョムさんと、
国際ビジネスと社会学の専門家で
ベルギー人の
ティエリー・ガリブさんによって
設立されました。
囚人だったという過去を
隠すのではなく、
それを乗り越えて
生きていこうという趣旨で、
あえて、
「元女囚によるマッサージ」を
前面にした
マッサージセンターができました。
5年後の今、センターは
チェンマイ市内5か所に増え、
元犯罪者更生支援は、
地元の人から、
観光客にまで
広い支持を受けているそうです。
国連でもこの活動が認められ、
こういったプログラムを
世界中が注目しているという事です。
麻薬関連の過ちを
刑務所で罰するのではなく、
中毒患者として
病院で治療し、
さらに更生支援をしようという
考え方もあるそうです。
チエンマイの元女囚のマッサージ師たち
2時間の施術の終わりころ、
アルファ波に
ボーっと漂っていた私は、
それまで後ろで背中を
押してくれていたボーンさんが
私の頭髪を、やさしく
指櫛で梳かしているのに
気が付きました。
それは、
今までの力強いマッサージとは
ちょっと違う手つきで、
なぜか
女子中学生だった私に
母が
三つ編みをしてくれた時のことを
思い出させてくれる手つきでした。
あれと思って少し後ろを振り向くと、
にっこり笑って
ボーンさんは
私の手を取って
編んだ髪の毛を触らせてくれました。
ボーンさんは、
少し伸び切っていた私の髪で
丁寧にフレンチブレードを
編んでくれていたのです。
勿論私はそんな希望を
伝えたわけではなく
ボーンさんが自然にやってくれた
ことのようでした。
長い施術の後の
不思議に
心温まる一瞬です。
きっと人に言えない
苦労を重ねて、
やっとここまで来たであろう
施術師のボーンさんは、
世界中から来るお客さんを
この微笑みで癒しているんだろうなあと
私は思いました。
そして、
自分の犯してしまった罪も
今までの苦しみも、
人に与える事で
癒しているのかしらんと
思ったりしました。
これが二人でするヨガのことか、
タイ語が分からない私は、
施術が終わってから
ヨガのクラスでいつもするように、
胸の前で手を合わせました。
ボーンさんや、ギンカンさんたちの、
言葉はわからない私ですが、
過去を隠すのではなく、
乗り越えて生きている、
強い女性たちに
深く手を合わせる
気持ちになりました。
写真提供:益田シホさん
ハワイでもタイマッサージ。
タイマッサージ専門のセラピスト浦さゆりさんに施術して
もらって無我の境地の私
ハワイでタイマッサージを経験されたい方は
Sayuriura.comまで。
タイの元女囚マッサージセンターの住所です。
35/1 ถนน จาบัลย์ Tambon Si Phum, Mueang Chiang Mai District, Chiang Mai 50200